八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の麓に「生きる」を子供たちに伝え続けて(自然写真家、西村豊さんの個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」)2017.7.9

八ヶ岳の山麓にはいろいろな生き物が生息していますが、中でも人気があるのは清里に国内唯一の専門博物館もあり、冬季になるとその愛らしい冬眠中の寝姿がTVで放映される事が風物詩となっている、ヤマネ。このヤマネ人気の火付け役でもあり、その保護活動にも長年に渡って携わってきた方が、同じ八ヶ岳西麓の富士見町に在住されている写真家(ご本人は自然写真家と称されています)、西村豊さんです。

40年にならんとする写真家としての活動の中で、これまで多くの写真集や絵本の刊行、幾度かの展覧会も催されてきましたが、今回、その集大成となる個展が開催されています。

清里へのメインストリート、国道141号線から脇道に入って、高原野菜を栽培する畑を抜けた先の深い森の中に忽然と現れる、コンクリートの地肌を生かしたモダンな美術館。国内でも数少ない、芸術写真を専門に扱い、保管することを目的としたアーカイブとしての役割も持つ、清里フォトアートミュージアムです。

今回の大規模個展「八ヶ岳 生きもの ものがたり」。本ミュージアムで現在稼働中の展示スペース2室すべてと、一部の廊下までもを利用した大規模なもの。展示セクション数24、総展示作品数200点以上と云う、氏にとってもその制作活動の集大成といえる展示内容になっています。

美術館ですので、もちろん内部は撮影禁止。エントランスに設けられたキッズコーナーで遊ばれているお子さんたちを横に、展示室に入っていきます(以下の内容はプレスリリース、パンフレットも参考に綴らせて頂きます、著作の書影はAmazonにリンクしています)。

展示の順番はテーマごとに並べられていますが、ほぼ氏の制作年度を追うような形になっています(著作の刊行に合わせて制作されているため)。展示内容は順路順に以下のようになっています

第一展示室

  • ホンドギツネの子ども
  • きつねかあさん
  • 商品の詳細
    • 氏の出世作。現在の作品と比べると明らかに素朴で、距離感も遠く、撮影技術にも限界が感じられますが、それ以上に近年の作品と比べて深い愛情を感じてしまうのは、ちょっとした贔屓でしょうか
  • ニホンヤマネの「ヤマネさん」
  • 商品の詳細
    • 氏の代表作たちが一堂に揃います。数々の絵本や写真集、現在ではネットでも数多く流れている、ヤマネファンの方なら必見の作品たちを、大画面の美術作品として眺められる数少ないチャンス。氏の撮影コメントもしっかりと読みたいところ
  • 「赤ちゃんヤマネ、お山にかえる」
  • 商品の詳細
    • 氏のもう一つの側面でもある、ヤマネの保護活動。その記録写真の一部が公開されています。生後僅かな状態で保護された子どもや、人工飼育の様子など貴重な写真の数々が公開されています

インターセクション、廊下

  • 「しぶがき」
  • 商品の詳細
    • 最近では多く採り上げられるようになった、圧倒的な数の干し柿を軒下に吊るすシーンの写真。その先鞭をつけたのも氏の作品群です。今回はそのうちの何枚かをインターセクションとして展示されています。写真を表現する際のテーマの一つとなる色合いと陰影。暖かなそのグラデーションと光の微妙なバランスを描き出すための試行錯誤の成果は、印画紙で焼いた本制作ではより一層明確に浮かび上がってきます。初冬の光と実りの嬉しさを実感させる軒先の向こうに続く透明なオレンジ、実に魅力的です

第二展示室

  • 「ニホンリス」
  • 商品の詳細
  • 「よつごのこりす」
  • 商品の詳細
    • 近年、氏が精力的に撮影を進めているニホンリス。前回、富士見高原ミュージアムで展示された作品群たちを含めてその後4冊の絵本となったシリーズ作品のうち、絵本に掲載されなかった分を含めて、数多くの作品が展示されています。現行作品故の配慮でしょうか、これらの展示は写真サイズもやや小さく、フィニッシュも美術館用の本制作とはちょっと異なっているように思えます(第一展示室の作品の多くは額装ですが、こちらはボード貼り)。俊敏な動作を押さえたり、実物も展示されているオニグルミを時間を掛けて丹念に歯で削っていく際に飛ばす切り屑すらも捉えるスピード感のある作品たちはデジタル撮影(前回の展示の際には、EOS5D+300mm f2.8にテレコン2段で撮影されている事を、不幸にも落下してしまった機材と共に展示、紹介されていました。修理不可となった際にカウントされていたシャッター数は実に10万ショット以上、膨大な労力の先に作品が造られている事を実感します)に切り替わっており、極めてシャープで、ダイナミックレンジを一杯に使った、ハイライトは明るく、コントラストはやや浅めという、華やかで今時の仕上がりになっています
  • 「あしあと(混合展示、展示室外にも)」
  • 商品の詳細
    • 作品としては異なりますが、地元の小学生たちと共に富士見の山野に入って、動物たちの活動の息吹を感じてもらうという活動のワンシーンを含めて、冬の野生動物たちがどんな活動をしているのか、足跡から見出してみませんかというテーマ。雪に足を取られてお腹をバフンと、雪に埋めてしまったキツネの足跡、同じような跡を見た事があるので、思わず笑ってしまいました
  • 「ニホンジカ」
  • キツネの「ごんちゃん」
  • 商品の詳細
    • このふたつの作品群は、書籍としては未発表になります。如何にも地元でスナップ的に撮影された作品たちですが、それ故に、同じ地で生活する身としては、現実感を以て見つめてしまいます(シカが大群衆で山から下り、用心深いキツネでも、夜になれば道を駆け抜ける姿は日常ですから)。時に、あっけなく野生が目前で繰り広げられるのが八ヶ岳山麓、その現実もしっかりと見据えています
  • 「ごだっ子の田んぼ」
  • 商品の詳細
    • 野生動物、小さな生き物たちを扱った作品が多い氏にとって、珍しい作品ではありますが、前述のように地元の小学生との深い繋がり合いを持って活動を続けています。その活動の一端を収めた絵本作品から、印象的な数点の写真が展示されています。諏訪の皆様なら馴染み深い冬季の田圃リンク、星空の下に広がる青々とした透明な圃場は良く知る場所ですが、厳冬の夜にはこんな景色があったのかと、改めて見つめ直させられます。日常を深く、愛情を持って見つめる事の大切さ

氏の代表作でもあり、当館の収蔵品(前述のように、当館は国内外の作品性の高い写真を末永く保存することも設立の趣旨としており、同じく自然写真で著名な宮崎学氏の作品や、鉄道写真家の広田尚敬氏の作品も当館のアーカイブとして収蔵されています)ともなっているヤマネの写真や、近年精力的に撮影を続け、絵本を刊行されたニホンリス、そして出世作となった「ホンドギツネ」など、絵本作家としての作品も多数展示されていますが、実際の印画紙で焼いた状態で眺めるのは絵本とは全く違う世界。その撮影条件の厳しさ故に、焼き付けサイズは決して大きくはありませんが、本館やLCVが所蔵する作品の中には大伸ばしで圧倒される写真もあります。

全ての漢字にルビが打たれ、語りかけ、興味を持って貰えるように疑問形で綴られる解説文。お子さんでも見やすいようにと、少し低めに並べられた写真たちの展示スタイルは、実に本展示がお子さんとそのご家族に向けた、氏の活動スタンスをそのまま展示スタイルにも反映されているかのようです。

賑やかにおしゃべりしながらの観覧が続く、モダンで芸術性の高い美術館で催される写真展とはちょっと異なる雰囲気も、親御さんとお子さんの会話にちょっと耳を傾けながら作品を観ていく事で、新たな魅力が発見できるかもしれません。氏が望む、子供の視線に立った、発見する楽しさを伝えようとする想い。それは、伝えようと願う子ども自身のリアクションに委ねられている筈だからです。

そして、1970年代から始まる氏の作品群。その遍歴には、現在の写真撮影、写真美術や急激に進化を続ける撮影技術、装備の進展が凝縮された感すらあります。極限の環境下で撮影を続けるため、撮影技術はもとより、機材性能の限界を超えて撮影することが求められる自然写真。出世作であるホンドギツネの作品とニホンリスのそれを比べれば一目瞭然ですが、撮影に対する余裕度(ニホンリスでは背景に映る四季折々の彩なす色までも捉えようとされています)はもとより、俊敏な動きをレンズの前に留め、鮮やかに、シャープに仕上がった作品たちは、同じ写真作品とは俄かに言えないほどのクオリティの差が生じています(もちろん、味わい云々の話は別として)。

そのような急激な進化を遂げた自然写真の中で、氏が願ってやまない、子供の視点に立った発見する楽しさを伝えたいという想い。更に進化した機材と氏の円熟した撮影技量が、子供たちの好奇心を掻き立て、更に自然への興味へと繋がる架け橋となる事を願いつつ。できれば、そろそろ「大きなおともだち」に向けた作品も発表して欲しいかななどと、勝手な願いも重ねて。

最後に、最も気に入った一枚は、八ヶ岳ブルーを背景に、厳冬の雪原に僅かに顔を覗かせたススキの傍らに佇む、一頭のホンドギツネ。サイズも小さく、明瞭とはとても言えない古い作品ですが、厳冬の眩しい日差しを受けて毅然と虚空に顔を上げるその佇まいに、生きているという強い意志が宿っているように思えてなりません。心を捉えて離さない一枚でした。

西村豊「八ヶ岳 生きもの ものがたり」

2017年7月1日(土)~12月3日(日) 7,8月は無休

清里フォトアートミュージアム(北杜市高根町清里)

アーティストトークは7/30(日)と8/5(土)、いずれも午後2時から。

チャリティートークは9/2(土)午後2時から、ゲストは脳学者の篠原菊紀氏(定員120名。要予約、チャリティー参加費が別途必要)

 

 

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文学と自然が織りなす高原の小さなミュージアムで静かな夏休みを(富士見町・高原のミュージアムと自然写真家、西村豊さんの写真展)

文学と自然が織りなす高原の小さなミュージアムで静かな夏休みを(富士見町・高原のミュージアムと自然写真家、西村豊さんの写真展)

New!(2015.5.9):本ページでご紹介している、富士見町在住の自然写真家、西村豊さんが数年来準備を進められていた、初めてのリスをテーマにした写真絵本「よつごのこりす はるくんのおすもう」(アリス館)が発売されました。

会場で拝見した写真たちが、どんな形で絵本になっているのか、興味津々です。詳しくは、著者のホームページへ

 

天気がすぐれない、今年のお盆休み。

写真を撮りに歩きたいところですが、これでは全くダメ。そんな時には近場で少し腰を据えて観られるものをと、またしても手元に届いている案内からお出掛け先を探し出してみます。

富士見町高原のミュージアム外観かなり判りにくい場所にある、富士見町の文化施設。昨日訪問した安曇野市豊科近代美術館と同じく、地元の市民に向けた図書館とホールを併設した建物です。

駐車場には、明日の諏訪湖花火大会に富士見駅から列車で上諏訪駅まで行こうとしている方に対して、駐車しないで下さいとの警告文が掲げられているのが、如何にもお盆休みらしい雰囲気です。

富士見町高原のミュージアム入口省エネのため薄暗くされたエントランスを登って2階に上がると、まるでクリニックの入口のようなスペースに突き当たります。富士見町立の文化施設「高原のミュージアム」です。

富士見町の俯瞰立体模型入口には、町立の文化施設らしく、八ヶ岳と入笠山に挟まれた富士見町の地勢がよく判る、立体模型が展示されています。それでは館内に入ってみましょう。

高原のミュージアムエントランス意表を突かれる緑溢れる白樺林をあしらったエントランス。エントランスを廻って内部に入ると更に驚かされます。

高原のミュージアムセンターホール印象的な富士見の風景をあしらったタペストリー調のスクリーンと、透過光照明で浮かび上がる数々の短歌、俳句によって歌い上げられる、富士見の厳しくも美しい景色、風物。そこには博物館につきものの価値ある展示物も、美術館にある芸術作品も全くありません。

そう、このミュージアムは博物館でも、美術館でもありません。戦前、この地を愛し集まってきた歌人、文芸家たちの言葉による心象スケッチ「言葉という時空」の足取りを留め置くために設けられた空間、ミュージアムです。館内のあらゆる場所に彼らが残した言葉の数々がシャワーのように降り注いでいます。

もちろん、富士見に訪れ、富士見を詠んだ文人達の記録を示す展示物も用意されていますが、あくまでも本人たちの詩作、著作の片鱗を示すために展示されているに過ぎません。かれらの想い、心象の全てはその言葉の中に秘められているのですから。別荘を構えた文人(現在ですと某アニメーション監督の方がが所有しているらしいですが…。地元の方なら、2CV観たことありますよね)、アララギ派の歌人たち。一時期とはいえ実際に富士見に居を構えた尾崎喜八。2年前に惜しくも解体された白樺林に囲まれた結核病棟を有し、転地療法とサナトリウム文学という名の、今はなき脆くも儚い作品を生み出す舞台となった富士見高原診療所とそこで生み出された物語達。

言葉で表現する文人たちが、言葉のみを以て残したこの地への深い想いと心象を、何とかミュージアムという形で表現しようという、展示者側の苦心が伺える空間でもあります。

僅かに、尾崎喜八が遺した校歌の歌詞や、地元に求められると何時も気安く請け負っていたと伝えられる講演の肉筆原稿にその深い愛情が見受けられますが、ミュージアムの本当の展示物は、多くはボードや透過光照明の向こうに映る詩歌を読まれた訪問者一人一人の心の中に浮かび上がる、詠んだ本人と読まれた方だけが秘める富士見の姿に委ねられるようです。

西村豊写真展エントランスそして、もう一つのテーマ。今回訪問のきっかけとなった、地元富士見在住の自然写真家(動物写真家とは書きません)、西村豊さんの40年に渡る撮影活動のうち、最も得意とされている森の中に住む小動物たちの写真を集めた展示会です。

ヤマネの写真で著名な氏ですが、開催のあいさつ文には、遂にリスに魅せられて追いかけることになりましたとの言葉が述べられています。

一つの写真を撮るために3年を掛けたとのコメントも残されており、自然写真の厳しさが伺える内容でもあります。

実際の写真については是非会場にてご覧頂きたいと思いますが、ご本人の解説にもありますように、手作り感溢れる、決して広いスペースではないですが、通常のギャラ リーで開催される写真展よりカット数も多く、高密度に写真が展示されています。あいさつ文の通り、展示されている写真の殆どは新たに取り組んでいる「リス」の写真で占められ ています。森の妖精とも謂われるお馴染みのヤマネが可愛さと愛嬌さに溢れる親しみやすさが全面に出ているのに対して、リスの方はより俊敏で精悍。木々を飛び歩き、クルミの殻を鮮やかに削っていく躍動感あふれる写真からは小さな狩人といった印象すら与えます。

そしてリスの写真展示の奥には今回のサプライズ。実際に著作を製作される際の作業が判るように、構成から製本まで段階を追った形での展示が設けられています。

著作には5年以上、多くは10年近くを掛けているという息の長さ。そして、ほとんどの場合は構成案を出版社に持ち込むことで著作がスタートするという事に驚かされます(その方が意図が正確に伝わるという)。

実際の校正に用いた、修正を入れた原稿。細かく色合いやレイアウトの修正指示が入れられている色見本等が惜しげもなく展示されています。こちらも校正に対する最終的な決定は氏自身に委ねられるとの事で、写真集独特の世界がある事を実感させられる展示です(展示コーナーには「校正に挑戦」といった微笑ましいメニューも)。

ちなみに展示されているカメラ(Canon EOS7D+EF300mm F4.0L,1.4xエクステンダー付)はメイン機材で通常なんと手持ち。20万回以上のシャッター回数を記録した末に、ご自身のミスで破損してしまったため、こうして展示品の一環としてお披露目される結果となった、ちょっとかわいそうな一台です。しかし、20万回かあ…(遠目)。

富士見町高原のミュージアムパンフレットミュージアムと西村豊写真展のパンフレットを。

足元にある町立図書館は人口当たりの年間貸出数が全国一とも謂われる、文人たちが愛した土地に相応しい実績を有しているのですが、ミュージアムの方はその展示内容のハイレベルさもあり、ちょっと低調の模様。

有料(300円)という事もあり、当日の西村豊写真展の記帳を見ても、両手で数えられる程度の来訪者。私が居た午後のひと時(一時間半ほど)では結果的に一人の来訪者もなく、全くの貸切状態で存分に展示物、写真を堪能するという、嬉しいようなちょっと切ない時間を過ごす結果となってしまいました(翌日になって、お隣の原村にある村立八ヶ岳美術館の方はお天気の悪さと特別展示企画がずばり的中したようで、大混雑だったと聞いて落胆している次第なのです…涙)

桑の木前のコスモス時折強く降る雨と濃い霧が交互にやってくる、秋雨を思わせる天気の中。静かに文人たちの想いや、かわいらしくも凛々しい森の小さな生き物たちの息吹を感じるために、普段は足の向かないかもしれない小さなミュージアムに足を向けてみるというのは如何でしょうか。

<おまけ>

同じく富士見町内や近隣の文化施設をご紹介したページ、類似の話題のご紹介。