今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

今月の読本「仁淀川漁師秘伝」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ ヤマケイ文庫)快活な土佐弁で語る職漁辞典の中を流れる、糧としての山と田畑、海を繋ぐ川の恵み

近年では殆どいなくなってしまった、川の恵みを糧として主な収入を得る「職漁師」(この言葉自体、海の漁師さんに対してはあまり使いませんよね)。しかしながら昭和の終わりから平成の始めにかけては依然として多くの河川の傍で漁を生業とする人々が暮らしていました。

現在でも川の漁が続いていることで度々テレビ等でも取り上げられる四国、四万十川。そのすぐ隣に流れる仁淀川で職漁師をされていた方の元へ、当時、繰り返し訪れて取材した内容を連載していた記事を纏めた一冊。長らく絶版になっていましたが、この度、版元を変えてヤマケイ文庫へ収蔵されることになりました。

今回ご紹介するのは「仁淀川漁師秘伝 弥太さん自慢ばなし」(宮崎弥太郎:語り かくまつとむ:聞き書き ヤマケイ文庫)です。

原著は小学館のアウトドア雑誌「BE-PAL」の姉妹紙として2008年まで刊行されていた、雑誌「ラピタ」に連載されていた「弥太さん自慢ばなし」を纏めて2001年に刊行された本ですが、巻末にありますように、今回の収蔵に当たって大幅に加筆修正、再編集がなされています。特に著者のかくまつとむさんが刊行後も気にされていた「土佐弁」聞き起こしに対する表記への懸念について、山と溪谷社さんの配慮もあったのでしょうか、今回の版を起こすに当たって、高知在住の山本明紀さんによる全面的な方言考証が加えられ、生き生きとした著者の筆致はそのままに、ダイレクトに土佐弁が脳内に響き渡るかのように生まれ変わっています(長らく広島の方と一緒に仕事をしていた私の脳内再生では、広島弁混じりになってしまい…)。

取材当時の1990年代後半でも殆どいなかったとされる「職漁師」であった、仁淀川の河畔、越智町に在住された取材対象の宮崎弥太郎氏。父親から引き継いだ職漁を50年以上に渡って続けられていた方ですが、そのフィールドは河川を跨ぎ、季節に合わせて河口のアオノリから山中深くのモクヅガニ獲りまで実に幅広く、特定の魚種を狙い、河畔に腰を据えて漁を行う川漁師というイメージを大きく覆していきます。

掲載していたアウトドア雑誌のスタイルに相応しい、川全体をフィールドとした氏の職漁師としての姿を2年間に渡り取材した著者と編集者グループ。彼らを息子のように迎え入れて、自らの歩みを少し誇りながら「企業秘密」と茶化しながらも、同道を許してその一端を披露する土佐人らしい鷹揚さ、氏の人となりが考証を受けて蘇った口語体の土佐弁で文中一杯に広がります。

雑誌の連載記事がベースという事で、最初は全体のイメージがちょっと捉えづらかったのですが、原著の版元さんが小学館という事を考えると腑に落ちる、魚種、職漁毎に纏められた仁淀川の職漁辞典というべき一冊。各章で語られるように、著者たちが持ち込んだ図鑑に対して、それぞれの魚たちの特徴やその漁の姿を述べていくスタイルが用いられ、前田博史氏の写真と遠藤俊次氏によるイラストを豊富に添えて、改めて職漁としての視点からその違いを明確に示していきます。図鑑を持ってフィールドに出た「アウトドア」な著者たちの先にある、研究者や釣り師達が伝える著述の更に先にある、フィールドの達人が見た本当の姿を語る言葉を拾い続ける著者たち。その語られる内容には、前述の著述とは大きく異なる点も見えてきます。

アウトドアブームであったバブル崩壊後の1990年代後半に取材された、その遥か前から川と向き合い続け、生活の糧としてきた氏が語る姿と、現在の川や水辺という淡水をフィールドとされる方々が発信される内容。川をテーマにした著述として本質的にはその内容に違いはない筈なのですが、アプローチや見据える姿には大きな違いが見えてきます。

高度成長期から大きく曲がり角を迎えた中で、共に変わり続けた川面を生活の糧として生き続けてきた氏が語る変遷する漁の姿。しかしながら、氏はその中で一方的な変化が起きていたことを表する事はありません。清流とも称される仁淀川といえども時代と共に川が変わり、移入されてきた魚たちが加わり、漁の姿も獲れる魚も往時と比べると減少してきていることを明確に述べていきますが、職漁師故にその変化に応じて漁自体も変えていく。父親から引き継いだ漁の姿も自ら変えながら(この工夫や道具類のお話を拾うスタイルは、連載誌のテーマに繋がる「大人の秘密基地」的で、連載当時人気があった事を伺わせます)貪欲に漁を目指していく姿を捉えていきます。それ自体が糧としての対象ではない「フィールド」化してしまった現在の川や淡水を扱った著作や発言とは根本的に異なる視点。自らが糧としている場所に対する自負とその変化を受容しつつ、実生活の一部として語りかける内容には、現在の論調で失われてしまった着目点が生き続けているように思えてなりません。

その印象が最も強かったのが、全編で述べられる漁の餌として繰り返し登場する「ミミズ」の存在と、地域を貫く仁淀川の存在を語り続ける段。

川の魚たち、蟹たち、アオノリさえも、多くは川だけで生きるのみならず、海と行き来をすることで次の世代に生命を繋ぐ。山に木がある事で川の流れが穏やかになり、川に沿った田畑を潤す。本来は湿地をその揺りかごとしていた魚たちは、川から引き込まれた、人が拓いた水田と水路もうまく使いこなして命を繋いでいく。テトラポットや堰堤が出来れば、それに合わせて増えていく魚も現れ、蟹たちは高巻きしながら登り、そろりそろりと下っていく。川辺に広がる畑や草地に溢れるミミズたちの匂いは彼らの鋭敏な嗅覚を刺激し、夜な夜なその匂いを辿って徘徊する。

職漁師達は、彼らの生きる姿を鋭敏に捉え、その特徴を把握して工夫を凝らし知恵を働かせて漁を営みますが、全てが自然で天然、無垢であることを絶対としない。川の流路が変わればそれに合わせて仕掛けを変え、網を張り罠を埋める先を選び出していく。河原の姿が変われば、漁をする魚種が変わり別の漁の姿が生まれる。堰堤や用水路も其処に集まる魚たちが一斉に通るタイミングともなれば、一時、大漁を約束してくれる大切な漁場へと変わる。孫達に漁を継がせる気はないが、自身や息子と同じように幼い頃から水辺、川と親しみを持つ機会を与え続ければ、自然と理解できることがある。

変わりつつもその恵みを糧とする職漁師への聞き取りは、50年を経てもまだ知らないことがあると語る、上流でのオコゼ(アカザ)釣り名人の元へ向かう段で終わりを迎えますが、綴られていく物語はその時代、その地に生きた人々だけが語れる内容。

本編の主人公となる宮崎弥太郎氏は原著の刊行後、2007年に亡くなられており、既に文章でしか伝わることがないその物語ですが、職漁師達、そして彼らが生きた場所を語る時に思い起こしたい一冊。その場所は人が水面と楽しくも真摯に向き合い、糧とする場であった事を記録する物語を。

今月の読本「新種の発見」(岡西政典 中公新書)フィールドの好奇心は世界の文献と知識を跋渉する先に結実する。体系を蓄積する「分類学」は全ての人々へ

今月の読本「新種の発見」(岡西政典 中公新書)フィールドの好奇心は世界の文献と知識を跋渉する先に結実する。体系を蓄積する「分類学」は全ての人々へ

毎月、多数の新刊が本屋さんに送り出される新書のシリーズ。

毎月刊行に合わせた、移り変わりの速いテーマをキャッチアップする事が求められるジャンルではありますが、一方でシリーズ刊行に相応しい、ラインナップとして長く読み継がれる作品が登場する分野でもあります。

今回ご紹介するのは、まさに後者に相応しい内容と筆致を備えた一冊。

新種の発見 見つけ、名づけ、系統づける動物分類学」(岡西政典 中公新書)をご紹介します。

ニュースなどで話題となる「新種」の発見。何やら奥深い山中や未開の土地、深海を捜索し続けて漸く発見される、宝探しのようなイメージを持たれるかもしれませんが、著者はまずそのようなイメージの修正から着手します。

各地に保管された標本を探し出し、詳細にその形態を調べ、場合によっては一部を切除して分析に回す。自らの頭の中に築かれたアンテナの感度を頼りに、世界中の言語を駆使して、データベースと史料の叢林に分け入り、誤謬を排除しながらその原点となる記載を見つけ出すor見つけていないことを執拗に調べ尽くす。その上で、初めて学術誌への掲載に向けた執筆と数多の修正、編集者、査読者からの膨大な質問に苦悶した末に、漸く「掲載」という名の「発見」に至る。

著者が冒頭で綴る、自らが新種登録を行った手順をまずは概要で示した上で、その背景をステップを追って解説していきます。

著者は三崎、油壷にある東京大学臨海実験所に所属する海洋生物に関する分類学の専門家。国内の専門学会大会参加者が100人にも満たない(最近100人以上に増えたと後半で喜んでいらっしゃいます)膨大な範疇を扱う分野の割には極めて限られた研究者の一員、更に言えば専門分野はクモヒトデ類の分類研究(テヅルモヅルの研究者と言って分かる方はもうエッジな「マニア」ですよ。喜んで読んでいる自分は…)というニッチ過ぎる分野の研究者の方ですが、そのテーマは極めて普遍的です。

リンネから始まる近代的な分類学が築き上げてきた知識、記録体系。その体系へと織り込んでいく過程と分類学が培ってきたロジック(命名則)を、自らの研究分野の事例を用いながら丁寧に綴っていきます。

フィールドワークをも得意とする自然科学系の研究者の方としては例外的と言えるでしょうか、誇張を抑えつつも小気味よさと落ち着きも備えた著者の筆致(ジョジョは思わず吹きましたが)。その筆致を背後から支える、編集者の方のアドバイスもあったであろう、著者の研究を前面に掲げるのではなく、背景を織り交ぜながら、丁寧にステップを追った構成。往年の中公新書に通貫するスタイルを思い出させる、四六判の叢書のようにじっくりと丁寧に読みたい、とても良い雰囲気を持った本文。

著者の大好きな想いと読者にも興味を持ってもらいたいという願いが滲み出る、海洋深海生物から大きく離れて、森林の昆虫から土壌生物の採集法。海辺に向かって潮だまりから砂浜に潜む極小の生き物たちを眺めた後にはメインフィールドである海洋から深海へ。広く標本採集のフィールドガイドを述べつつも、フィールドを害する無理な採集への警鐘や洋上作業、スキューバの危険性をしっかりと添える。日本の海洋生物学揺籃の地となった、三崎の臨海実験所の歴史的な役割や成果についても分類学を背景に述べる一方で、稀代の採集人、青木熊吉の業績を紹介する内容もしっかりと織り込む。更には、新種の登録過程、命名則については自らの過ちも率直に述べながら、日本の「サザエ」に実は学名が与えられていなかったというタイムリーな話題、題材を用いて、歴史的な背景から始まり利害や名誉(混乱を防ぐために存在する調停機関も)を含めた国際的な学名登録の複雑な一面を(一般の読者が理解できる形で)丁寧に説明していきます。

そして、まだ若い著者が見据える未来の分類学。分類学という分野自体、著者が述べるように、事前の知識的な蓄積や前述のように長期に渡る手続きを求められる体系的な学問のため、自然科学の分野の中でも特に文系的な分野といえるかもしれません。著者はそれ自体が新種の登録や新たなフィールドワークへの妨げになっている点を認めていますが、同時にこれらの分野における情報技術の進歩は正に秒速で進んでおり、分析機器の進化もこれまでであれば抽出不可能であった標本からDNA情報を迅速に取り出すことが出来るようになるなど、形態を軸にした文献と標本の蓄積による分類学が大きく塗り替えられつつある状況にあります。著者はそれらの動向の何れにも好意的な眼差しを向け、分類を支援する技術の普及によって(ご自身が大好きであろう)フィールドワークへの時間を今以上に割けるようになる事を願いますが、一方で変わってはいけない点も明示します。

それは、分類学がやはり蓄積に基づく学問体系であること。人が訪れて初めて地図が描かれるように、人が見つけ、認知し、識別し、体系化した上で命名する事により初めて「種」として位置づけられる。その位置づけは時代と研究の進歩により変化し続ける事項ではありますが、リンネ以来築いてきた安定した体系があればこそ、その変化を見定める事が出来る。他の研究分野に対しても指標としての位置づけを与える事が出来る。フィールドワークへの深い想いと同じように、学問としての分類学への強い矜持を示す著者。

そんなちょっとお堅い話となってしまう終盤ですが、著者が求める分類学はより多くの方へ門戸を開くことを望んでいきます。近年活発に行われるようになった、フィールドワークを専門とされるダイバー、水中写真家の方が日々撮影される膨大な映像、画像から認識される水中生物の驚くような分布傾向とそれを体系として支える分類学の役割。更には多くの一般の方の参加やSNSを通じた外来生物の分布調査にも分類学が役立てる部分がある事を示した上で、みんなが新種発見の主人公になりうる(巻末の付録をみてちょっと微笑んでしまいました)、そうなれば分類学が永遠テーマとして掲げる、地球上の全生物を分類する事すらも夢ではなくなる時が来るかもしれません。

「新種」とうテーマを梃に、フィールド研究者というもう一つの視点から分類学という名の研究室で埃を被った資料や標本を向き合う人々というイメージを塗り替える、丁寧な筆致で綴られた素晴らしい入門書。

フィールドワークが好きな方も、体系学としての分類学に興味のある方も、もちろんちょっと強面系だったり奇妙奇天烈な深海生物や、テヅルモヅルファン?の方にも(あの本、何冊売れたのでしょうか…)、是非お勧めしたい一冊です。

<補足>

著者の方がご自身のHPに本書の紹介と正誤表を出されています。ご参考まで。

今月の読本「タコの知性 その感覚と思考」(池田譲 朝日新書)日本人研究者が綴る、もう一つの知性が魅せる広がるその先

今月の読本「タコの知性 その感覚と思考」(池田譲 朝日新書)日本人研究者が綴る、もう一つの知性が魅せる広がるその先

人間をはじめとする脊椎動物が有する知性や認知とかけ離れた世界にある一方、極めて高度な認知性や特異な感性を有しているのではないかという事が近年盛んに述べられている、タコやイカといった軟体動物の頭足類。

特に、日本人にとって馴染み深く、そのユーモラスな姿と多彩で驚くような行動様式から書籍をはじめ積極的に紹介されることも多いタコ。一般向けの書籍でも度々紹介されますが、ダイオウイカ撮影で一躍有名となった、日本の頭足類研究の第一人者である奥谷喬司先生の著作(ブルーバックスの名著「イカはしゃべるし。空も飛ぶ」は是非ご一読で)以外、何故か外国書籍の訳書が多かったように思われます。

そのような中で、忽然と新書として刊行された一冊。実質的に初めてとなる、日本人著者の手による「タコ本」。真正面に掲げられた表題に対してどんな内容となっているのでしょうか。

今回は「タコの知性 その感覚と思考」(池田譲 朝日新書)をご紹介します。

著者は現在琉球大学で教鞭を執られる研究者の方。頭足類の研究、特にイカの行動様式や認知性の研究を長年続けられている方です。単著としては2011年に刊行された「イカの心を知る 知の世界に生きる海の霊長類」(NHKブックス)に続く一冊。前著については、魚類関係の書籍が大好きな私にして滅多に無い(魚類関係以外の書籍でも数少ない)、途中で読むのを放棄してしまった一冊でもありました。

冒頭とあとがきに書き連ねられた余談と、その筆致に対する自己解釈。理解されているにも関わらず綴ってしまう点は、如何にも自然科学系の研究者の方にある筆致(これが人文系研究者の著作になると、敢えて読者を誘導する意図が組み込まれている時もあるので少々怖いのですが)ですが、空振り気味な比喩と導入、「痛い」余談が散見する本文(50代後半の著者であれば尚更)は正直に言って読まれる方をかなり選ぶ文体かもしれません。

近年、複数の訳書が登場しているタコの生態や知性に関する訳本。その中でも「タコの心身問題-頭足類から考える意識の起源」(みすず書房)の著者及びその内容をかなり意識されて書かれる本文。あとがきでも述べられるように、本文の過半は上記の書籍や、それ以前に刊行された訳書、雑誌、TV等でも紹介される内容とオーバーラップしており、前半は著者のセレクションによる「タコの知性」関連研究の概要紹介的な内容が主体になっています。従って基本的な頭足類の説明、タコの生態や所謂文化的な側面の記述はかなり絞り込まれており、表題に掲げられたテーマ「知性」にほぼ特化した内容となっています。

人間の手によって研究され、人間の思考や行動を出発点に研究が進められていく動物行動学的な視点。その中でも特異な位置付けを有しているタコの行動、学習研究。ヨーロッパ(ナポリ、日本同様にタコを食する地であることが大きいのでしょうか)を中心に膨大な研究がなされていますが、そのような中で著者が特に注目する点、

まず、多くの先行研究がマダコをテーマにしており(実際には日本のそれとは別種である可能性が指摘されているとの事)、約250種いるとされるタコ類全体の僅か1種の傾向を捉えているに過ぎない点。次に、その巨大な目と脳へと繋がる構造からどうしても研究のテーマが視覚に対する反応や学習が中心となる中で、自在に動く8本の脚から繰り出される、膨大な数を有する吸盤を伝わる触覚から対象物を認知する範囲の広さへの着目、更には単独性とされる生態に対する個体相互、鏡に対する反応(鏡像自己認知)への疑問。

これらの着目点と前述の研究成果を自らの研究室に在籍する(在籍した)学生たち、研究者たちが記録した観察結果を比較する事で、新たな知見が認められる可能性を指摘する、著者の研究室による研究成果紹介が中心なる後半。

前著でも同じだったと思うのですが、実はこの部分が読んでいて非常に悩ましかった点。著者は研究中の内容であるとの但し書きを添えていますが、結果として述べられる内容が(定性的な研究であるとはいえ)、何とも捉え難いままに著述が進んでいきます。

著者たちの研究結果により、行動特性や社会性の発端or退化した片鱗を認める一方、その解釈を根本から覆してしまう、前述の250種に上る種ごとの活動性の差異や、事例を示した上で個体差へ言及する内容も、前述の特性を述べる際と同じようなペースで綴られていくため、帯に書かれた「解明」には程遠い、本書の内容を以て何を評したいのかが見えてこないというもどかしさを度々感じる事になります。特に、そのような行動を認めた際の解釈に入ると、どうしても人間目線(著者目線)での認識が入り込む余地が大きくなり、その筆致は定性性として括られるはずの領域から離れ、その行動に対して著者の思索的な要素、希求を映し出そうとする傾向がより大きくなっていきます。

更には、容易に見出す事が出来ない、これら「知性」研究の先にある姿。

イカやタコの行動を研究する事は漁獲物である対象を知るうえで重要であると冒頭で述べる一方、その導入に当たる水産学に対してやや否定的な感情を述べ、生物学であり、ある種の心理学的な要素を求める著述や研究内容(このような研究に対して本文中で紹介される、投稿され、発表される学術誌の殆どが海外で刊行されているものであるという点も実に興味深いです)。知的好奇心としては非常に興味深い内容なのですが、果たして何処へと行ってしまうのだろうかという、糸の切れたタコのようにも見える思索の広がりに困惑しつつ(前著ではその困惑が抑えきれず、途中で読み進める事が出来なくなりました)。

既に刊行されている「タコの知性」に関する書籍は、訳書らしくいずれも相応な分量(とお値段)があるため、興味があっても本を読み慣れている方でないと手に取るのが少し厳しいことも事実。

そのような中で、日本人の研究者の方による、手軽に手に取れる新書というフォーマットで刊行された貴重な入門書となる一冊。文章はかなり癖が強いですが、その興味深い生態と、未知なる「思考」の片りんにご興味のある方へ。

今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

今月の読本(特別編)「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会:編 信濃毎日新聞社)二つの地図に刻み込まれた、変わりゆく信州の産業史と残り続ける人と自然の足跡

ブラタモリの人気と高校の地理必修化を目前に控えた昨今、本屋さんの書棚にはこれまでになく多くの地理関係の書籍が並ぶようになってきました。

そんな中で刊行された大判のこの本。ちょっと興味深い切り口でそのポイントを捉える一冊です。

今回は、普段とちょっと異なる一冊、「地形図でたどる長野県の100年」(長野県地理学会編 信濃毎日新聞社)を簡単にご紹介します。

地方出版社の中でもオリジナリティあふれる企画と、高品位な装丁と編集、美しい製版を伴った大手出版社に引けを取らない作品を積極的に送り出している信濃毎日新聞社。今年も年初早々から民俗学、信仰をテーマとした作品で注目を浴びる本も刊行されていますが、こちらも注目すべき内容を備えています。

地理ファンの皆様の中では既に多くの方が活用されているであろう電子版の地理院地図今昔マップ。本書は二つの特徴をそのまま紙の書籍に持ち込んだ一冊ですが、書籍ならではの大きなポイントがあります。Webの場合、解説もほぼなく比較と表示だけですので、その背景や地形図の読み方を知らないままに、だだ表示される地図を見ただけで要領を掴める方はかなり限られるはずです(クラスターの方は…ぜひどっぷりで)。

特にはじめて地形図と向き合う方にとっては、まずはその見方や身近なテーマから捉えていきたいところ。本書は、そんなこれから地理、地理学(自然/人文双方)を学んでいこうという方々に向けた、長野県をテーマにした53のストーリーを、2枚(複数枚のテーマもあり)の地図の比較で読み解きながら学んでいく一冊。

編者の長野県地理学会は地元教員の方も多数参加されているグループ。そのような教育者の方々を含めた執筆陣の知見と、地元地方紙である信濃毎日新聞社が培ってきた歴史的な取材写真、資料をフル活用して、明治から戦前の地図と現行の地理院地図を並べて比較したうえで、読み解きのポイントを示していきます。

冒頭は地理院地図の読み方、地形の読み方の解説。

本書で初めて地理院地図に触れる方も多いかもしれませんから、説明は絶対に必要ですね。地図を漫然と眺めてしまうと折角の気付きも見逃してしまうかもしれません。

そして、昔の地図が左、現在の地理院地図が右に表示された各テーマのページ。開発、発展、変容の3つの章に分けられたそれぞれのテーマは2~4ページほどでフォーマットが統一されていますが、その表記は流石は新聞社さんといったところでしょうか、イラストや写真、統計資料のグラフなどを挿入した版組は、図面に合わせ視覚効果を得られるようにページごとに変幻自在、所謂「まとめ系」サイトにあるような固定フォーマットでトピックスが垂直方向に延々と続く形では怠惰になってしまう解説も、アクセントを付けた書籍ならではの凝った版組なら飽きることなく見続ける事が出来ます。

主に中学生や高校生を念頭に置いた飽きさせない多彩なフォーマットを擁する本書ですが、固定された表記も存在します。塗枠で囲まれ、コンパスマークが添えられる「読図ポイント」。そして「今・昔」と添えられた地図記号のピックアップ。前述のように、どうしても地形図を見比べるだけではピンとこない点も、ポイントを示すことで理解の入り口を広げようという編者達の意図が見えてきます。

美しく印刷された地形図と見比べる際に確認しておきたいポイントを押さえた上で添えられた記事を読んでいくと、その地で何が起きていたのか、どんな歴史が育まれてきたのかが明瞭に浮かび上がってきます。特に地元に住まわれている方であれば頷くことも多いであろう内容。社会科の学習を念頭に置いているためでしょうか、長野県の特徴に繋がるテーマとなる、林業、養蚕、製糸業、精密機械、高原野菜、観光業など、農業を含む主に産業史的な発展のお話が多いのですが、決して良い事ばかりが書かれている訳ではありません。

先般の水害も思い起こさせる、三六災害をはじめとする災害の爪痕とその復旧の跡。大規模な耕作地開拓、工業団地の造成、高原リゾートの開発には広大な山林、従前の自然環境減少という側面が常に付きまとい、高度成長期を過ぎて過疎化が進む中山間地域からは人の痕跡が地図上からも失われていく様子がじわじわと伝わってきます。

明治から現在まで、信州、長野県の産業の発展が明瞭に刻まれる地図上の変遷ですが、私にとって印象的だったのが、どんなに画一的な開発が進んでも、その中に過去から続く人々と自然が残した痕跡は明瞭に残り続けるという点。

私にとっても身近な生活の場でもある諏訪湖の周辺。

江戸時代からの干拓による圃場化によって、その湖面は旧地図の作られた昭和六年時点でほぼ現在と同じ面積にまで狭まっていますが、干拓地の上にくねくねと集落(上・中・下の金子)を繋ぐように引かれた、自然堤防上の道筋と集落、そして排水路でもある河道の位置は現在でも驚くほど変化がありません。

現在の居住地と比べると集住していたことがわかる一方、旧来の道筋や集落の痕跡は今でも地図上で、そして車や徒歩で周辺を巡ると明瞭に分かる。人々が住んできた場所、選んできた場所や道筋、自然が作り出す川筋の意味は、歳月を重ねて刻み込まれていくことが地図を見比べることで改めて理解できるような気がします(人文学系、考古学の発掘研究成果によると、これら集落の場所は概ね鎌倉期以降に固定化が進むとされています)。

美しく製版された地形図と分かり易く丁寧な解説を読みながら、自分たちが住んでいる場所の昔と今の繋がりを理解する。編者達は、その更に一歩先に、今度は紙の地図を片手に、自分たちの住んでいる場所を実際に歩いて実感してほしいという願いを込めていきます。

この本から地形図と地理が好きになってくれる人が一人でも増えてくれたらいい、地形図を入り口に地元の歴史と産業にもっと興味を持ってもらいたいという願いを編み込んだ素敵な一冊。長野県外の本屋さんで入手することはちょっと難しいかもしれませんが、地図、地形図を眺めるのってこんなに楽しいんだという体験の入り口として、ご興味があれば是非ご一読を。

今月の読本「米の日本史」(佐藤洋一郎 中公新書)農学と自然科学が背景を解く、多様なコメが作った列島の自然と人々の歴史

今月の読本「米の日本史」(佐藤洋一郎 中公新書)農学と自然科学が背景を解く、多様なコメが作った列島の自然と人々の歴史

本屋さんに数多並ぶ日本史の本。その殆どが作家や日本史研究者の方々など、史学、文学系の知識をベースとした内容で綴られているかと思います。

大きな歴史的な展開から治世に軍事的な内容。残された記録を頼りに築かれる人物像や、古文書に綴られる僅かな表記の揺れを捉え、その機微と思想に迫る内容まで。様々なテーマと切り口で描かれていく多くの書籍が出ていますが、その中でちょっと珍しいテーマを掲げた日本史の本。

今回は「米の日本史」(佐藤洋一郎 中公新書)をご紹介します。

著者の佐藤洋一郎先生は、イネ科植物の遺伝子生物学における著名な研究者、農学者。東南アジアにおけるイネ科植物の研究経験を下敷きにした、広く東アジア全般をカバーする文化人類学的な論考についても多数の著作を有される方です。本書も一連の著作に連なる内容ですが、テーマは日本史、それも日本史の中に描かれるコメという捉え方ではなく、コメそのものが日本史の背景を形作ったことを農学者の視点で描いていきます。

6つの時代に分けた通史としての日本史のテーマそれぞれにコメが与えてきた背景を織り込むという形で綴られる本書。自身は日本史の専門家ではないと本文中で度々述べるように、特に前半部分のコメの渡来から奈良時代の入り口までの古代史を扱った部分における通史としての日本史の著述はかなりイメージで語っている印象が強く、ややもすれば上滑り感すら感じられるところもありますし、読まれる方によってはかなり違和感を感じる部分もあるかもしれません。

日本史としての著述だけ見てしまうと、やはり農学者の方なのだから著述に無理があるのではと思わせてしまいますが、著者の意図は別のところにあります。それは本書が貴重な、日本の社会全般に浸透していた「コメの歴史」を日本史の流れの中に置いて描こうとしている点。

前述のような多くの日本史の著作で欠落する事の多い、自然科学的な視点で日本の歴史におけるコメ存在の必然性と社会、列島の自然に与えた影響を通史の中で示していきます。

数多に語られるコメの伝来と社会構造の変化。初めにその伝来と拡散の過程を議論していきますが、遺伝生物学が専門の著者は、その冒頭で日照時間と稲作の適応緯度、伝搬速度の関係を論じつつ、一般的に述べられる北方ルートでの伝来に対して、出土される炭化米の分析結果を添えて一定量の南方からの伝来、すなわち、特定のルートから単線的に稲作が持ち込まれた訳では無く、複数のルートから幾度かに分かれて伝わったはずであるとの自説を唱えます。

次に、稲作と社会性の関連についても、耕作道具が未熟な状況で、粗放な状況ではすぐに雑草との競争に敗れてしまうイネを育てる場所となる耕作地(水田)を起こす事は決して容易なことではなく、単にイネを携えた人々が海を渡って稲作を広めたという牧歌的なものではなく、かなりの強固な意図を抱いた一群が長期に渡って当地に定着しなければ稲作は広まらないと指摘します。主に考古学的な知見が用いられる稲作の伝搬の検討についても、水田は検知できるが、モンスーン気候の地で焼畑農耕の痕跡を発掘で検知することは極めて難しい点を指摘したうえで、それでも炭化米の分析結果などから、その初期から陸稲も伝来し、更には北方への拡散には既に苗代の存在があったのではないかと指摘します。

著者が伝来過程に拘る点。それは次の時代となる巨大古墳や建築物が次々と作られる古代王朝成立の過程において、その労働力を養う栄養価確保の問題から膨大な食料、すなわち穀物が必須であることを念頭に置いている事です。コメの伝来以前にあった他の雑穀類や堅果類ではそれだけの栄養価は得られず、得られたとしても下ごしらえの労力を考えると、相応の労働力(=食料)を賄えるのはやはりコメしかないと指摘します。

そして、著者は栄養価を得るための手段とその結果について、これまでに日本史で描かれる背景に疑問を呈します。農学者として東南アジアにおける豊富なフィールドワークを積んできた著者の視点は、現在の広い平野に水と緑を湛える水田が一面に広がる風景とは大きく異なる、もっと混とんとした稲作世界があった事を指摘します。

前述のように水田稲作において雑草との競争は永遠の課題(現代のそれは農薬の力を借りていたちごっこをしているに過ぎないと)であり、窒素肥料が用いられない水田では容易にイネの生育は雑草に敗れ、耕作を維持できないと指摘します。その結果、班田収授から墾田永年私財法に繋がる班田の不足とその中に荒田が多くみられる点を指摘して、単なる耕作放棄地ではなく輪作という観点を含めて「そうせざるを得なかった」のではないかと、農学者としての視点を添えていきます。その上で、古墳や宮殿などの巨大な土木事業を支える食糧増産を図るためには、耕作地の拡張と共にその肥料となる草木類の鋤き込みが必要であり、動力を用いた揚水(排水)に頼らないで水田が拓ける限られた土地と、その後背地に当たる所謂「里山」の開発が進められることになりますが、著者はそれらを以て画一的な水田稲作に傾斜した農耕の姿を歴史的な描写に投影する事に否定的な見解を述べます。

本書における中軸的な記述となると思いますが、歴史描写における多様な稲作とイネの姿への視点。

発掘された炭化米の粒度分布の調査結果による多彩な粒径、長さと圧倒的な粳の存在の中で限られた糯米から見出す、粉食や餅の存在。木簡に書かれた、全国に渡る、栽培地域ごとに異なる多様なコメの種類名称存在(品種ではない点に注意)。その中に見えてくる、早期に刈り入れが出来る、白米の系統とは異なる赤米、大唐米の存在が、白米だけでは成立しえない、農期、収穫時期の幅を確保し飢饉の発生を抑えると共に、年貢として、そして軍糧として(青田刈りへの対抗策としての存在であったとも)も使用されていた点を指摘し、調理法を含めて多彩な栽培、利用法が採られていたことを示していきます。

前述のような画一的な視点による白米至上主義の史観に対して農学者として明確な疑念を述べる一方、昨今多く述べられるようになった、前近代まで白米は年貢用であり、多くの農民たちは雑穀を食するに過ぎなかったという議論に対しても、前述の栄養価の側面からそれでは激しい肉体運動を要する前近代の農耕、労働に対して、高蛋白質の肉類を摂らず続けることは困難であったろうと指摘し、水田に抱き合わせる形で栽培されていた豆類と合わせて、これら多彩な「コメ類」が日常的に利用されていたと指摘します。更に、水田を作るために人為的に引かれた水路に定着する淡水魚類へのたんぱく質の依存という点を重ねることで、戦前まで長く続く稲作農耕を軸にした列島の姿、生き様が作られたと指摘します(ここで、ジャポニカ種という言葉の生まれた経緯とその分類について詳細な説明が綴られる点は、南方系の品種もテーマとするイネの研究者としての矜持を示すところで、インディカ品種への偏見と誤解を正したいと願う著者による強い思いが表れています)。

列島の姿を形作ってきた稲作とコメ。その姿は食料としてだけではなく年貢、更には金銭価値を持つ、基軸通貨に代わる役割を果たしてきた点は日本史の中でも多く語られる内容ですが、著者はもう一つの側面として、都市化を支えたのもまたコメの存在であった点を指摘します。税、年貢として各地から集積されるコメ。しかしながらその初期においては精米技術が未熟で、むしろ搗き過ぎで玄米と白米の中間的な状態で食していたと指摘します。所謂「江戸煩い」とも称された脚気、白米食によるビタミン不足である点はよく指摘される(この傾向は日露戦争の陸軍まで続く点も)事ですが、根源的な理由として白米の精米度が高まった訳ではなく、その前段階となる「玄米」を効率的に得る事が出来るようになった点を指摘します。籾を外した状態で保存できる玄米の存在こそが、コメの保存性と流通を飛躍的に高め、都市に集住する人々の膨大なエネルギー消費を支え、更には今日において日本の食文化と称される多様なコメを利用した菓子、料理、白米を主食として据える食文化を成立させたと指摘します(近世以前の人々は玄米食だったという表現も誤りであると)。

都市の膨大なコメ需要を担うために低湿地を干し上げ、山麓に通水することで水田を押し広げる事で列島の景観を一変させ、餅にも通じる白という色の意味と重なる都市が生み出した白米への強い思い。それらを追求し続けた先に近代の膨張と戦後の食糧増産の過程を描いていきます。著者はその中で、現在に繋がる品種を生み出した育種の発祥と既にその耕作技術が失われてしまった驚異的な収量を達成する事で要求に応えた篤農家達の存在を重ねながら、社会の近代化と全体主義的な傾向が増大する姿を大陸への進出に添えて述べていきますが、その著述はあくまでも農学者としての立場での言及に止められ、最後に近年の米食や棚田、稲架の景観への想いといった著者が現在最も力を入れている文化人類学的な議論へと移っていきます(コメに残る尺貫法を改める必要性など実に科学者、農学者らしい見解も)。

日本の歴史を背景から形作ってきたともいえるコメと稲作。その姿はコメ余りが叫ばれる一方、各地から送り出されるブランド米の勃興(これらがみなコシヒカリ一族であるという一抹の不安も含めて)というこれまでの時代背景とは全く異なる状況を迎えていますが、曲がり角を迎えた中で上梓された、碩学がこれまでのコメの研究者、文化人類学者としての想いを込めて綴られた一冊。またひとつ、日本史の背景描写に豊かな彩と視点を与えてくれる一冊です。

 

<おまけ>

本書のイネに関する著述内容のうち、著者の専門分野である東南アジアの稲作及びイネの遺伝学的な伝搬以外、その多くは著者を編者して昨年刊行された「日本のイネ品種考」(臨川書店)で執筆を担当した研究者の論考に依拠しており、一部の議論に対しては著者自身が別の見解も添えて述べる形で綴られています。少々お高いのですが、本書を読んでイネと稲作に関する各論についてご興味を持たれた方は、是非お読みいただければと思います(内容は一般読者向けなので平易です)

本書で議論の中核を担う、日本のコメ品種において否定的な捉えられ方をされる一方、実は陰の主役的な立場であった事を指摘する赤米、大唐米。その存在と広がりを史学の視点で地道な研究から描き出した、長野在住の在野の研究者が著わした「赤米のたどった道」(福嶋紀子 吉川弘文館)本書に於ける多くの指摘も当該書の記述に拠っていることを著者は明示しています。「ものの歴史」的な内容にご興味のある方はこちらの一冊もお勧めいたします。