蔵と鏝絵への想いを伝える、高原の小さな宝箱(原村郷土館「まてのくら」)

蔵と鏝絵への想いを伝える、高原の小さな宝箱(原村郷土館「まてのくら」)

標高が1000mを越える場所も多いここ、八ヶ岳山麓でも気温が30℃を越えた連休初日。

外に出掛けたくなくなるような暑さですが、今日はちょっとお出かけです。

連休を利用したクラフト市の開催で、周囲の細い道にまで路駐の車が溢れ出している八ヶ岳自然文化園横をすり抜けて、散々迷いながら別荘地帯をウロウロしていると、目の前に美しく整備された海鼠壁の土蔵が見えてきました。

土蔵の前に積み上げられた藁。この地域独特の、少し地面から持ち上げられた積み方が蒲の穂みたいでちょっと可愛らしいです。

正面に廻り込みます。

トタンぶきの古民家と土蔵が並ぶ、原村郷土館です。

昨年から改修が行われていたこちらの土蔵、今日から新たに郷土館の展示施設「まてのくら」としてリニューアルオープンになりました。

午前中に行われていたお披露目式の余韻が残る、花が飾られた土蔵の入口。郷土館の母屋になる古民家の縁側では、式典とイベントが終わって、ちょっとまったり気分で寛ぐ地元の奥様方が話に花を咲かせています。

今回新たに設けられた解説板。元々は村役場の書庫であった事が記されています。改装前の姿はパンフレットに掲載されていますが、元は役場の建物らしく、腰回りが黒羽目の地味な土蔵。これまで収蔵庫として使われてきましたが、今回、建物外観を含めて、村がテーマとして掲げた「鏝絵」を紹介する施設として生まれ変わりました。

そのような経緯なので、解説板自体も土蔵の壁の下地構築方法である「木舞」の技法を用いて作られています。ちょっとしたアイデアが嬉しいですね。

蔵の入口です。

頭を垂れる稲穂の鏝絵に、構えの上には米俵の鏝絵が乗せられた可愛らしい意匠。

入口の左右はタイル張りとなって、元の意匠とは大分変わっていますが、原村で土蔵が増えてきたのは実は養蚕の繁栄により富が蓄えられてきた明治以降。現在でも細々とですが新築もあるという土蔵の、移り変わっていく意匠を取り入れたと理解してよいかと思います。

北側の壁です。水切りには沢山の実を付ける葡萄が鏝絵で描かれています。この意匠には葡萄が名産であった甲州、信州の面影が見て取れます。

丑鼻の鏝絵は可愛らしい宝尽くし。顔が向こうを向いてしまっていますが、巾着には可愛らしい鼠が添えられています。

蔵の裏側です。美しい海鼠壁と、鏝絵で描かれた、豊穣と子宝を願う竹と雀の可愛らしい意匠。

蔵の南側です。

こちらも縁起の良い布袋様と大黒様が舞い踊る丑鼻の鏝絵。ご覧頂ければ判りますように、伝統的な手法とモチーフを用いながらも、スタイルを墨守するのではなく現代的にアレンジして装飾されている点が大きな特徴。廃れてしまった過去の文化財の修復ではなく、今を生きる技法としての伝承を願っている事が判る、今回の外観改修です。

内部に関しては、撮影禁止札もなく、展示品も撮影しようかとも思ったのですが、今回は入口から覗いた部分だけ(地元ボランティアの方が母屋の方にいらっしゃるのですが、学芸員の方は常設開館となる、山の上にある八ヶ岳美術館の方にいらっしゃるようです)。

1階は、土蔵の作り方から始まって、鏝絵の紹介や技法、地元の職人さんを顕彰する記録が展示される、ミニ博物館になっています。2階は地元の家庭から提供された古い生活道具の収蔵庫。キャプションシートは付けられていますが、ちょっと雑多に集められた感もある、村の人々にとっての宝物たち。

外は夏の眩しい陽射しですが、壁に掛けられた振り子時計が緩やかに時を告げる標高1200mの蔵の中は、ひんやりとしてノスタルジックな空気に包まれています。

折角なので、他の施設もちょっと覗かせて頂きます。

こちらが母屋。移築した古民家をそのまま展示場所とした郷土館の本館です。

移築直前の姿である昭和30年代の生活空間をそのまま残す、懐かしい土間の風景。高い天井と開け放たれた開放的な空間は、外の暑さを忘れるほどの涼やかな風が吹き抜けていきます。

土間から一段掘り下げられた馬屋。

当時の農耕器具がずらりと並べられています。民俗学にご興味のある方には堪らない展示だと思いますが…私のつたない知見では全く歯が立たずです(情けない)。

座敷の方にも上がれるようなのですが、機織りの体験が出来る施設となっており、ボランティアの方が地元の皆様と談笑されていらっしゃったので、撮影は此処まで(欄間、ちょっと見てみたかったかも)。

母屋の外には藁打ち小屋。

物語などでは農閑期の夜更けに土間で人が藁を打っている様子が描かれますが、昭和30年代をテーマにしたこの場所ではちょっと異なります。既に藁打ちも人力ではなく水力やモーターなどで動力化されており、母屋とは別棟に藁打ち機が設けられていた例がある事を教えられます。

母屋に隣接して設けられた展示室。中央に置かれた機織用具を取り囲むように、養蚕道具がずらりと並べられています。いずれも明治から戦後期にかけて実際に使われていた物。当時の養蚕による繁栄が、豪勢な蔵の建築と鏝絵が広がるきっかけとなっていました。今や産業としての意義は失われ、技能伝承や種の保存のために僅かに維持されているに過ぎない当地の養蚕。涼しい高原の風が吹く薄暗い部屋の中に、往年の繁栄を伝える貴重な資料が眠る場所です。

桜の木に囲まれた、原村郷土館「まてのくら」。

少し賑やかになる夏の高原リゾートの中で、7月から9月の僅かな日数しか公開されていない穴場中の穴場ですが、ひっそりと、着実な「まて」として、その姿を未来へと伝えていく事を願って。

解説パンフレットです。今回、新しく右側のパンフレットが作成されたようですが、郷土館開設までの様子も収められた左側のパンフレットの内容も味わい深いです。

【原村郷土館と併設の「まてのくら」】

開館期間 : 7月から8月の月曜日以外の毎日(海の日は開館、翌日の火曜日が休館)、9月の土曜日曜祝日(開館日は毎年若干の変更があるようです)

開館時間 : 9:00から17:00(入館は16:30まで)

入館料 : 母屋共々無料(母屋の方で開催される機織り体験等も無料ですが、織り上げた布をお持ち帰りの際には実費が必要となります)

敷地内や建物外観は通年で見学可能です。

満開の枝垂桜に囲まれる原村「まてのくら」(2019.5.5)開館期間外ですが、敷地内には自由に立ち入る事が出来ます。

原村郷土館の場所のご案内(別荘地の奥まった場所にあり、案内看板はありますが、小さくて判りにくいです)。

麓側の八ヶ岳エコーラインからは、「上里」の交差点を上がって、「もみの湯」を過ぎた次の交差点を左に入って200m程。

山側の鉢巻道路からは、八ヶ岳美術館(郷土館の本館扱い、阿久遺跡で出土した縄文土器や発掘史料などはこちらで展示されています)前の交差点を下って、「もみの湯」より一本上の交差点を右に入って200m程。八ヶ岳自然文化園や八ヶ岳農業実践大学校方面からも同様に、自然文化園下の道を抜けてから、同じ道を下ります。

駐車スペースが限られていますので、改装中の樅の木荘の駐車場に車を置いて、徒歩で山側に道を50m登って「交差点の反対側」に案内看板が見えた場所を左に曲がり、200m程歩いても到着出来ます。(駐車場にある案内看板は、立ち位置と地図の方向が正反対に書かれている酷い代物だったりします)。

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嵐の過ぎ去った午後は満開を迎えた八ヶ岳西麓の桜を巡って(2016.4.17)

激しい風と雨が降り続いた土曜の夜。

日曜日の昼ごろになると、風は引き続き強く吹き続けますが、日差しが徐々に戻ってきました。

菜の花と八ヶ岳雨に洗い流されて、きりっとした日差しが降り注ぐ午後。八ヶ岳を遠望する菜の花畑で、早春の名残を。

葛窪の枝垂桜1八ヶ岳の西麓に廻って、葛窪の枝垂桜へ。

不安定な空模様。青空を遮るように南アルプスから雲が吹き上げられています。

葛窪の枝垂桜2午後の日差しを受ける葛窪の枝垂桜。たわわにつけた花びらが強い風に煽られています。

葛窪の枝垂桜3樹齢200年以上とも謂われる老木の枝垂桜ですが、強風の中、今年も満開の花を咲かせてくれました。

葛窪の枝垂桜4強風に枝垂れの枝が煽られる中、雲に覆われた甲斐駒に凛として対峙する、葛窪の枝垂桜の雄姿を。今年もこの姿に遭えたことへの嬉しさを込めて。

葛窪地籍の枝垂桜すっかり青空が戻ってきた八ヶ岳の麓に満開の花を咲かせる、葛窪地籍の枝垂桜。

雪が殆ど無くなってしまった八ヶ岳に、既に気温は20度近くと、日差し共に初夏を思わせる陽気。

葛窪の枝垂桜5暫く待っていると、甲斐駒の方にも日差しが戻ってきました。

田端の枝垂桜1少し下がって、田端の集落へ。

コブシの花は散ってしまいましたが、緑のコントラストと2種類の桜が彩る3色の色合いが鮮やかに輝く、田端の枝垂桜。

田端の枝垂桜2満開となった田端の枝垂桜。午後の日差しをいっぱいに浴びています。

開花前の鼎談桜満開の桜に囲まれた八ヶ岳西麓。でも一番標高の低い場所に居るのにひとりお寝坊な鼎談桜。

南アルプスの雲も切れはじめて、甲斐駒と鳳凰三山が見えてきました。

P1060936そうはいっても、いっぱいに付けた蕾は丸々と膨らんできています。

開花まであともう少しです。

P1060939振り返るとすかっと青空になった八ヶ岳のパノラマが望めます。

この桜の下に広がる芝生で暫し寛ぐ、ちょっと贅沢な休日の午後の昼下がりです。

池生神社の桜少し移動して、信濃境の駅近くにある池生神社。

鳥居の後ろに控える桜も満開を迎えました。まだ綺麗な注連縄が風になびいています。

深叢寺の桜並木1標高900m台の信濃境から一気に1000mを越えて、八ヶ岳西麓の桜の名所では最も標高の高い、諏訪郡原村、中新田にある深叢寺の桜並木。

普段なら信濃境より1週間ほど遅く満開を迎えるのですが、今年は既に満開を越えようとしてます。

深叢寺の桜並木2名物の鐘楼門の周りにも桜が一杯に花を咲かせています。

深叢寺の桜並木3夕暮れの日差しを受けて、濃い色合いの花びらをたわわに付けた深叢寺の桜の木。

深叢寺の夜桜深叢寺では、中新田地区の皆さんにより、夜桜のライトアップが行われています。

今年も参道を彩る提灯の明かりと、幻想的な桜のライトアップが楽しめます。

嵐が過ぎ去った後、一気に満開を迎えた八ヶ岳西麓の桜達。初夏の陽気となって、そろそろ水田に水が張られる中、残るは鼎談桜の開花を待つばかりとなりました。

 

晴れた午後に八ヶ岳西麓で春の景色を(2015.4.18)

突然雪が舞ったり、雨の日が続く落ち着かない空模様の今年の春。

そんな中でも、季節の足取りはしっかりと、八ヶ岳西麓にも向かってきています。

残雪の八ヶ岳遠望1畔の緑も眩しくなってきた圃場沿いに八ヶ岳を望んで。

もう少しすると、畑に鍬を入れるトラクターの音が響き渡るようになります。

残雪の八ヶ岳遠望2八ヶ岳に残る雪渓もあと僅かに。着実に季節は春から初夏へと移りつつあります。

開花を始めた桜と南アルプスの山並み遠く、南アルプスの山並みを望む運動場に植えられた桜の木々も大分色を濃くしてきました。

八ヶ岳リゾートアウトレットから長野側に抜ける場所にあるこの桜並木。お買い物の際に、お気づきの方もいらっしゃるでしょうか。

まだ早い鼎談桜この界隈では最もお目覚めが遅い、寝坊助さんの鼎談桜。

上着を脱いで、腕まくりしたくなるような気温18度の土曜日の午後。それでもしっかりと蕾を閉じたままのようです。

枝を揺らす強い風が、釜無川の谷筋から吹き上げてきます。

葛窪の枝垂桜と案内板開花を迎えた、葛窪の枝垂桜。

今年から、町の方で解説板(正確には注意喚起です)が設けられるようになりました。

長野方面から、八ヶ岳リゾートアウトレットへのアプローチルートでもある県道沿いにあるため、訪れる方が少しずつ多くなっているように見受けられる葛窪の枝垂桜。現地には駐車場所の指示が出ていますので、訪問される方はご確認願います。

葛窪地籍の枝垂桜と八ヶ岳標高1000mに位置する、葛窪の集落の中にひっそりと佇む、枝垂桜と八ヶ岳。

上空には、強い風に引きつけられるように八ヶ岳に向けて雲が尾を引いています。

葛窪地籍の枝垂桜と甲斐駒春めいた霞んだ青空の向こうに望む甲斐駒と枝垂桜(諏訪郡富士見町葛窪)。

午後の日差しと葛窪地籍の枝垂桜標高が高い場所なので、ソメイヨシノより開花が早い枝垂桜といっても、まだ開き始め。

午後の木漏れ日が、咲き始めた桜の花を通して差し込んできます。

枝垂桜と甲斐駒遠くに望む甲斐駒は雪を多く残しています。

撮影している最中に滑落事故があったとの報を聞き、少し心が痛む景色に。

枝垂桜の花びらソメイヨシノよりかなり濃い、薄桃色の枝垂桜。ここの桜は、すぐお隣の信濃境、高森観音堂の枝垂桜から枝分けされて植えられたとも云われています。信濃境に咲く枝垂桜たちに共通の、しっとりとして、濃い色合いが印象的です。

強い西風が吹く中、一生懸命に花を咲かせています。

午後の田端の枝垂桜6午後の日差しの中、坪庭のような小さな谷戸に畑と水田が伸びる、諏訪郡富士見町田端。

集落の真ん中、小山のように盛り上がった墓地に桜の木が花を咲かせています。

午後の田端の枝垂桜7甲斐駒をバックに花を咲かせる、田端の枝垂桜。

こんもりと咲いた花の色が3色になっているのが判るでしょうか。

午後の田端の枝垂桜1西側から眺めて頂くと判りますが、2本の枝垂桜とコブシ、そして、右側手前にもう一本の桜の木が一つの大きな木のように見えるために3色に色が分かれています。今年もコブシの開花が少し早かったので、既に花は落ちて緑の葉が出ています。

午後の田端の枝垂桜3渦巻く薄雲が広がる青空の下、開花を迎えた田端の枝垂桜。

遠くに雪を残す八ヶ岳が望めます。本日は、町主催のツアーが開催されていた関係で、多くの方がお越しになっていました。

午後の田端の枝垂桜2東側から望む田端の枝垂桜。

左右2本の木に分かれているのが判るでしょうか。

午後の田端の枝垂桜5墓地の入口側から撮影した田端の枝垂桜と甲斐駒。

薄紅色の枝垂桜の花が午後の日差しに照らされていきます。

午後の田端の枝垂桜4時折突風が吹く、春めいた暖かい午後。

風に揺れる枝垂れ桜と南アルプスの山並みを遠望して。

深叢寺の夜桜3夜を迎えて、少し冷え込んできた中を、諏訪郡原村へ。

原村の桜の名所、深叢寺では夜桜ライトアップが今年も行われています。

ぼんぼりに誘われて、境内に入っていきます。

深叢寺の夜桜2山門の上に鐘楼を載せた珍しい形態の深叢寺。

鐘楼の前に立派な枝ぶりの桜が威容を誇ります。

深叢寺の夜桜1標高1100mと、八ヶ岳西麓で最も標高の高い場所に位置する集落でもある、原村中新田に位置する深叢寺。

撮影時も気温4℃(2015.4.17、午後9時前)。流石に開花したとはいえ、まだ花が開き始めたばかり。

これからが見頃となりますが、夜桜見物は、どうか暖かい服装でお越しください。

高森観音堂の夜桜桜祭りが行われている、諏訪郡富士見町信濃境、高森観音堂。

日中は多くの観光客の皆様が、集落の中に点在する桜を楽しまれていたようですが、今年もひっそりと夜桜ライトアップが開催されていました(周囲の個人宅でも行われています)。

まったく無告知のため、訪れる方は皆無に近い(昼間のさくら祭りにお越しの際に、地元の方に聞かれた方限定ですね)このライトアップ。静かな観音堂の境内でじっくりと夜桜の美しさを堪能する事が出来ます。

暗闇から浮かび上がる、数100年の時を経て、なおも花を咲かせる枝垂桜の威厳を感じながら。

夜間撮影用機材を持ち合わせていないので、Lumia1020の手振れ補正と合成補完機能(41Mpixelから減算処理を行って5Mpixelの補正画像を生成する)に頼った一枚。雰囲気だけでも伝わればと。

甲斐駒と桜の花春爛漫の八ヶ岳西麓。

天気の安定しないこの春を象徴するように、今日は再び雨模様。

美しい桜の花たちを愛でるのも、ほんの少しの間かもしれません。

 

標高1300mの小さな美術館に縄文への想いが集う(八ヶ岳美術館・原村歴史民俗資料館とハイウェイの沿線遺跡群展)

標高1300mの小さな美術館に縄文への想いが集う(八ヶ岳美術館・原村歴史民俗資料館とハイウェイの沿線遺跡群展)

冷え込む日の少ない今シーズンの冬。

その代わり、立て続けに降る雪のおかげて、八ヶ岳の山々は真っ白な状態が続きます。

南麓の方は気温も高く、降雪量も少なかったのでそれほどではありませんが、西麓の方は繰り返される降雪のため、八ヶ岳の白さも一際です。あいにくお天気が優れないのですが、それでもたっぷりと雪を戴く雪山を眺めるのは格別なものです。

曇り空の雪原と八ヶ岳八ヶ岳エコーラインから望む、八ヶ岳。

曇り空の雪原と蓼科山同じく、真っ白な蓼科山と北横岳。

曇り空の雪原と車山比較的標高の低い車山も山腹まで白い雪に覆われています。

八ヶ岳を愛でながら、更に標高を上げていくと、道路も一面雪だらけ。

圧雪の中をそろそろと上がっていきながら、本日の目的地に向かいます。

雪の八ヶ岳美術館庭園1車を駐車場に止めると、雪の中にブロンズ像が立ち並んでいるのが見えてきます。

雪の八ヶ岳美術館庭園2辛うじて除雪された庭園内の小路を登っていくと、ブロンズ像たちの先に、かわいらしい建物が見えてきます。

雪の八ヶ岳美術館庭園3サイロのようなアーチ構造の屋根が連なる、不思議な造形を持った建屋。村野藤吾の設計による独創的なデザインも、雪景色の中では、北欧を思わせるしっとりと落ち着いた感じを漂わせます。

雪の八ヶ岳美術館庭園と、みどりのリズム雪に覆われた建物の正面には、この施設を代表する逸品が屋外に展示されています。

長野県諏訪郡原村出身の美術家、ブロンズ彫刻家の清水多嘉示の代表作でもある「みどりのリズム」です。

ここは、原村に寄贈された氏の作品と、村が所蔵する考古資料を収蔵するために標高1300mという高地に設けられた村営の美術館兼、郷土資料館。八ヶ岳美術館(原村歴史民俗資料館)です。

八ヶ岳美術館玄関今日はこちらで催されている企画展「ハイウェイの沿線遺跡群」開催を記念して行われる講演会を聴講する為に訪れたのでした。

こちらの八ヶ岳美術館。美術館なら当然なのですが、八ヶ岳西麓にある縄文遺跡を扱った展示施設のうち、唯一館内の写真撮影が全面的に禁止されています。従いまして、館内の雰囲気を写真でお伝えすることは残念ながら出来ません(館長さんの目の前で、一眼レフを振り回しながら全力で撮影し続けられていた方もいらっしゃったので、許可は得られるのかと…)。

八ヶ岳美術館パンフレット1八ヶ岳美術館パンフレット2と、いう訳でパンフレットでお茶を濁すわけですが、レースが吊られたドーム天井から注ぐ柔らかな間接光と、スリット状に切られた欄間から真っ直ぐに射し込む西日に照らし出されるブロンズ像のコントラストが非常に印象的な空間であったことを述べておきたいと思います。館長さんのお話にもあった、天空をイメージさせる空間的広がりと、筒状に区切られた展示室の包まれ感が同居する、ちょっと不思議な展示室です。

そして、展示される縄文土器たちも、参加者の方が口にされていた、小粒だが良い物が揃っているという見解そのままに、他の2か所の考古館と比較すると展示数は圧倒的に少ないのですが、現代アートと言っても全く引けを取らない、独創的で高度な装飾を持った土器が揃えられています。

ハイウェイの沿線遺跡群講演会パンフそして、本日のメインイベント。期間中に4回設けられる講演会のオープニングを務める、当時実際に遺跡の発掘作業に携わった方による回想講演です。

講演会の参加者には写真にありますように、今回の為に新たに書き起こした発掘調査の記録一覧と、今では貴重な発掘調査終了後の1982年に開催された出土品展で配布された、遺跡及び出土物の解説資料がプレゼントされました。

講演会は美術館の展示スペースの一部を用いて行われたため決して広くはなく、座席も20名程度の参加者を想定されていたようですが、実際にはその倍に当たる、40名近くの参加者が集まりました。

参加されていた方の殆どは、地元の住民の方というより、縄文遺跡について非常に良くご存知の方ばかり(村野藤吾の建築に喜んでいるような私は、完全にアウェイです)。館長さんからの提案もあり(八ヶ岳美術館ルール)、講演中も自由に質問、そして講演後も展示物を廻りながら、存分に話し合いましょうというということで、この手の講演会としては、極めて活発な質問のやり取りが続き、和やかな雰囲気の講演は予定の2時間があっという間に過ぎてしまいました。

演者の方は何しろ40年前の発掘の時を思い出しながらの事ですので、全般的なお話というより、当時の記憶の強かったことを拾いながらのお話となったような気がします。実際に発掘に携わられた方でなければ知りえない、発掘時の御苦労や、発掘物の処理方法、そして、やはり自分で掘って見つけたいよとの想い。その中でも、阿久遺跡の特異性と、そこに展開された縄文文化への好奇心は、参加者の皆さんがいずれも強く惹かれるところであり、積極的な質問が繰り返されていたようです。依然としてここでしか発見されない環状集石群や、八ヶ岳を望む柱状列石の謎。他の遺跡を圧倒する芸術性の高い土器の数々(もちろん尖石も井戸尻も観ていますが、ここの土器の造形は素晴らしいです)。そして、この展示会のテーマとなってしまった「ハイウェイの下に眠る遺跡たち」への想い。現在ならば、強烈な保存運動が展開されたであろうこのような貴重な遺跡ですが、当時を知る方々の言葉を借りると、始めは保存されるとは思っていなかった、と。何しろ緊急を要する調査であり、僅か1年で原村村内全ての遺跡を調査せよという指示であったと述べられており、当時の緊迫感と、それでも余りに貴重な遺跡であったために埋戻しという選択肢が採られた事への感慨が述べられていました(同時に、もう少し時間があれば、もっと遺跡に対する知識があれば、良い発掘が出来たかもしれない。更には、全体が保存できればという想いも)

阿久遺跡1遠くに中央道を望む阿久遺跡の現在の様子。

右手に雑木林があるだけで、遺跡本体は遠くに望む中央道(水平に伸びる森に沿って走っています)の下に埋められており、二度と望む事は出来ません。館長さんも、もう一度発掘すれば判る事もあるのではないでしょうかと質問されていましたが、大分破壊が進んだ後に埋め戻された事もあり、列石などは取り除かれてしまっているため、もはや旧態を望む事は永遠に不可能となってしまったようです。

阿久遺跡2阿久遺跡の説明看板その1。

阿久遺跡3阿久遺跡の説明看板その2。

この看板が設置されてから既に20年が経過していますが、ここで述べられている整備事業は、残念ながら未だに実施されていません。今回、僅かに発掘された品々が県から地元に移管されたに過ぎません。

阿久遺跡望む冬の八ヶ岳連峰阿久遺跡から望む八ヶ岳の峰々。

縄文時代の人々も同じような景色を望んでいたのでしょうか。

八ヶ岳美術館前より遠望夕暮れの八ヶ岳美術館前より。

高く広がる空の下、雄大な八ヶ岳の麓に広がった縄文遺跡と、その発掘に苦心された方々の想いを考えながら。

豊富な体験施設と国宝土偶が迎えてくれる縄文文化の発信地としての尖石。小さく少々古びているが、藤森縄文文化論の根拠地としての独自性を見せる井戸尻。これら八ヶ岳の縄文文化を象徴するふたつの考古館と比べると、美術館との併設で規模も小さく、場所も不便な八ヶ岳美術館には、なかなか足を運ぶことは難しいかもしれません。しかしながら、原村に存在する縄文遺跡たちは縄文文化を語る上で、決して欠かせないもの。たとえ高速道路の下にその存在が埋められてしまったとしても、発掘成果と発掘に携わった方々、そして、その成果を引き継ぐ方々によって語り継がれる限り、この美術館(史料館)と貴重な遺跡は、縄文文化を語る上で欠かせない位置付けを成し続けるはずだと強く願いながら。

<おまけ>

本ページで紹介している他の博物館、資料館を。

名残の桜を追って、八ヶ岳西麓を(桜のシーズンもあと僅か)

平地より半月ばかり季節の巡りが遅いここ八ヶ岳南麓もそろそろ新緑の季節。

でも、ソメイヨシノばかりでは無い山麓の桜達は、シーズン最後の美しい景色を魅せてくれます。

境小学校の桜と鯉のぼり標高1000mを目前にした、諏訪郡富士見町、境小学校の校庭に咲く桜と、鯉のぼりを(5/1)。

もう葉桜になりかかっていますが、朝日を受けた薄い桜色の花びらと、若葉の緑のコントラストが美しいです。

田端新田鼎談桜20140504_2そして、この界隈では最も遅く咲くと言われる信濃境、田端新田の鼎談桜です(5/4)。

初夏を思わせるほど暖かくなった午後、奥に見える鳳凰三山越しに最後の花を咲かせています。

田端新田鼎談桜20140504_1漸く水が張られた水田に桜の木が映り込んで居ますが、このような景色が見られるのはほんの僅かなタイミングに過ぎません。

また来年の春まで、しばしお預けです。

鉢巻道路の桜20140504麓の標高1000m近辺はもうシーズン末期ですが、ぐっと標高を上げて1200mを越えてくる八ヶ岳中腹を巡る鉢巻道路まで上がってくれば、まだまだ桜のシーズン真っ只中です(5/4)。

鉢巻道路の両脇は色の濃い山桜たちが行楽でお越しのドライバーの目を楽しませてくれます(写真は乙事集落に降りる道路の交差点付近です)。

深叢寺の夜桜1そして、集落の中でも最も遅くまで桜を楽しめる諏訪郡原村、深叢寺の夜桜もピークを過ぎて葉桜へ(5/4)。

深叢寺の夜桜2ちょっと寂しい、桜のシーズンの終わりです。

菜の花畑越しに八ヶ岳2花を愛でる八ヶ岳の春もそろそろ終わり。麓の菜の花が咲き終われば、周囲の水田に水が入り、本格的な農作業のシーズンに突入です(5/2)。

青空の甲斐駒と鳳凰三山台の上より200m程標高の低い七里岩の下に広がる水田は既に水が入り、いよいよ田植えのシーズン。

甲斐駒の残雪も少しずつ減っていきます(5/4)。