今月の読本「希少種はいま」と「増える変わる生態系の行方」(増田今雄 信濃毎日新聞社)自然ではなくすべては人の営みの中に

今月の読本「希少種はいま」と「増える変わる生態系の行方」(増田今雄 信濃毎日新聞社)自然ではなくすべては人の営みの中に

今回は2冊のペアでご紹介。これまでも何度か取り上げさせていただきました長野県の地方新聞社にして、地方出版の雄、信濃毎日新聞社の新刊です。

信濃毎日新聞社の刊行物では何時もは楽しい本のご紹介が多いのですが、こちらは本格的に社会派、新聞連載記事を再構成して書籍化したもので、新聞紙上では再現が難しい貴重な動植物の写真が、フルカラーのグラビアで楽しむことが出来るだけでも価値のある一冊です。どちらも信濃毎日新聞社の編集委員である増田今雄氏が書かれています。

2010年に刊行された一冊目の「希少種はいま」と、今回刊行された二冊目である「増える変わる生態系の行方」は同じような表紙デザインのため、両者がシリーズ本である事は容易に想像できます。また、紙面の構成もほぼ同じですが、内容がそうさせたのでしょうか、一冊目の方は貴重な動植物のグラビア重視の図鑑風、二冊目の方は所謂マガジン形式でテキストを読ませることを重視したデザインで構成されています。

増える変わる生態系の行方

そして、この二冊は同じシリーズの本とは思えない程両極端なテーマを扱っています。

最初に刊行された「希少種はいま」は、まさに今危機的状況にある動植物について、当時流行っていた(流行では困るのですが)「レッドリスト」というテーマに基づいて取材された記事を纏められたものです。

ページ毎に紹介される動植物にはそれぞれにレッドリストのランク付けの標記がなされており、問題とされている状況の重さが把握できるようになっています。しかしながら、それぞれの記事を読んでいると、行政が定めたこれらのランク付けより、現状の方が遥かに状況が悪化している事を著者は指摘し続けていきます。

そして、これらの記事につけられている美しい写真の多くは、故意に撮影場所の記載が外されています。本来であれば、貴重な動植物に対しての知見を深めるためには、広くその存在を認知してもらい、直接生息域で観察してもらうことが最も効果的なのですが、記事の中でも繰り返し述べられているように、生息環境を保護し、盗掘を防ぐため、やむを得ない措置として伏せられています(取材交渉や撮影にはかなりの御苦労もあったようです)。

貴重な動植物は、その貴重さが高まるほどに経済的価値も天井知らずで跳ね上がっていくため、前述のような規制を敷いた上での取材記事となっている事は非常に残念なのですが、それ故に、掲載されている美しい動植物の写真は極めて貴重なものである事も事実です。

そんな貴重な写真の数々で彩られた「希少種はいま」に対して、今回刊行された「増える変わる生態系の行方」の方は、一見どこにでもある風景が実は外来種で埋め尽くされている事実を写真と共に我々に問いかけてきます。

温暖化による動植物の北進、高層部への進出、今話題のツキノワグマや鹿の大増殖などは長野でなくても最近、頻繁に耳にするようになりましたが、出色なのは外来植物の広がりについて多くの項を割いている点です。

路肩の雑草や、木々が何処からどのように来たかという事に関心を寄せる方は決して多くないと推察されますが、本書を見ていくと、実は多くの外来生物に占拠されている事に唖然とさせられます。そして、島国である日本で外来生物が上陸するのは必ず海沿い、特に貿易の盛んな場所からという事になりますが、長野県の外来種の場合はやはり横浜から上陸して定着してく種が多いようです(別書での指摘ですが、過去には鉄道の沿線沿いに広がるという傾向が認められたらしいです。GISの出番ですね)。

すなわち、海岸沿いや標高の低い場所、南の方から進出してくる動植物が、海から最も遠く、標高も最も高く、寒冷な長野県に定着したという事実が認められれば、その外来種が本州全体に定着している可能性が高いという判断が出来ることになります。

本書で扱われる外来種は、長野の一ローカル紙の連載記事でたまたま扱われたに過ぎないかもしれませんが、実際には日本全体に広がる外来種の進出状況を表すバロメーターになっているのではないかと思えてくるのでした。

そして、前著「希少種はいま」と同様に「増える変わる生態系の行方」で扱われた動植物の動向も、元を辿れば環境の変化や生態系の破壊、人間生活の移動範囲の大幅な拡大とそれに伴う無防備な動植物の導入による拡散…と、全て人間の生活変化に付随して生じている事ばかりです(盗掘、密売は言うに及びません)。

本書の貴重で可憐な動植物、目を疑うような路肩や河岸の外来植物の群落、傍若無人な動物たちが闊歩する山里の写真の数々を眺めながら、現在の我々の置かれている厳しい状況に目を向けずにはいられなくなります。表紙の帯の色がレッドリストを表す「赤」、外来種への警告を発する「黄」である事に著者の深い憂いが滲み出ているかのようです。

<おまけ>

  • 本書は、新聞連載コラムが元となっているため、閲覧性は極めて良いのですが、テーマを掘り下げて読まれたい方には少々内容が不足気味かもしれません。そこで、野生動物たちの明からな生態の変化を写真を通じて伝え続けている、駒ヶ根在住の動物写真家・宮崎学さんの作品も併せてご紹介します。増える変わる生態系の行方とイマドキの野生生物こちらの一冊「人間なんか怖くない 写真ルポ イマドキの野生動物」(宮崎学 社団法人農山漁村文化協会)です。この挑発的なタイトルと、人を食ったような表紙の写真、タイトルとは全くそぐわないお堅いイメージの版元。著者と版元の由来ご存じでない限りには、Webに広がっているトンデモ系サイトの写真を集めて刊行した写真集かと思われそうですがさにあらず。土門拳賞受賞者でもあり、動物写真の第一人者にして卓越した撮影技能と工夫を凝らした自動撮影機器の開発でも定評のある著者が、地元駒ヶ根をベースに自動撮影を駆使して収集した動物たちの本当の生態を見せる衝撃の写真の数々と、その探究心から発した興味深い生態や環境の変化への視点。そして、農林水産関係の書籍では学術書からコミカルタッチなエッセイまで無類の規模と幅広いラインナップを誇る農文協がタッグを組んで、急速に変わりつつある野生生物の生息環境と生態を保護の視点ではなく、現実を直視するため(著者はジャーナリズムもしくは報道写真と評しています)には、どのように伝えればよいのかを模索した一冊となっています。都会に暮らしているとほとんど意識することのない話題ばかりかもしれませんが、実は皆さんの暮らしているすぐそこまで野生生物の足音が聞こえてきている事を意識せずにはいられなくなる一冊です。
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今月の読本「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」(中村浩志 農文協)ライチョウ研究のトップが静かに語る「奇跡」の今

今月の読本「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」(中村浩志 農文協)ライチョウ研究のトップが静かに語る「奇跡」の今

New(2015.11.21):明日(11/22)夜に、NHKの動物番組「ダーウィンが来た!生き物新伝説」で南アルプスにおけるライチョウ保護活動がテーマとして採り上げられることになりました「ライチョウを守れ!ボディガード大作戦」。番組には、本書の著者でもある中村浩志先生も登場、本書でも語られる、より人間が関与する形でのライチョウ保護活動の現在の姿が放映されることになっています。既に番組ホームページには、ウラ日記として取材記が掲載されています(番組終了後には次回放送分に更新されてしまう筈なので、掲載は期間限定です)。番組は19:30より全国ネットで放送予定です。

New(2015.9.14):2004年を最後に飼育を中断していた大町山岳博物館でのニホンライチョウの再飼育に向けての準備段階である、近縁種であるスバールバルライチョウの飼育について、新装されたライチョウ舎が本年7月より公開となりました。こちらに新たに設けられたライチョウ舎の訪問記(大町山岳博物館の付属園です)を追加しました。

New(2015.5.26):大町山岳博物館における2004年を最後に飼育を中断していたライチョウの再飼育に向けて、各地で近縁種であるスバールバルライチョウの飼育が行われていましたが、いよいよ上野動物園と富山ファミリーパークにおいて、次のステップでもあるライチョウの人工飼育に着手することが決定しました。再びライチョウたちが信州の山々に舞い上がる日を願って。

何時もお世話になっている、八ヶ岳西麓最大の書店であり、夜9時(以前は10時まで)まで開いている為に仕事帰りの気分転換にもしょっちゅう立ち読み(ゴメンナサイ)させて頂いているi書店様は、場所柄、登山や、ガーデニング、農業関係の書籍も充実しています。

そんな訳で、都市部の書店では専門書のコーナーでないとなかなか取扱いの無い農文協(農山漁村文化協会)さんの本も普通に並んでいたりします。

農文協さんの本というと、どうしても専門書というイメージが強いのですが、以前ご紹介した職漁師伝」もそうですが、農漁業や自然関係のエッセイも結構出されています。

今回ご紹介するのも、そのようなエッセイ集として刊行された一冊。地元、信州大学名誉教授で、前日本鳥学会会長、他社や地元出版社でも多数の書籍を執筆されている中村浩志先生が専門のフィールドである鳥類、それも現在の研究テーマであるライチョウを全面に置いて書かれた一冊「二万年の奇跡を生きた鳥 ライチョウ」です。

ライチョウ本書では、著者が信州大学のライチョウ研究で前任である羽田健二先生から研究を引き継いでからの近年10年程に関するフィールドワーク、研究結果について一般読者にも判り易い形で書かれた書籍で、肩肘張った研究書でも、自然保護を前面の押し出したプロパガンダ的啓蒙書でもありません。

鳥類研究者として、ライチョウ会議議長として、ライチョウ研究の国内第一人者としての「ライチョウ研究の今とこれから」を丁寧に解説されている一冊です。

流石に多数の書籍を手掛けていらっしゃるだけあって、平易かつ説得力ある文章は読んでいて心地よく、知らず知らずのうちに読者をライチョウ研究のフィールドに誘ってくれます。

また、巻頭には四季の高山の風景に合わせて姿を変えていく貴重なライチョウたちの写真が16ページにも渡ってカラーで掲載されており、文章と写真を見比べることで、ライチョウの四季に渡る生活シーンがより理解しやすくなるように配慮されている点は非常に嬉しいです(その分、お値段が…)。

本文のスタートは衝撃の「ライチョウ釣り」からスタート(本当に釣竿の先に輪っかにしたワイヤー付けて釣り上げているんです)する掴みの上手さですが、その後で実はライチョウの研究に乗り気ではなかったという著者の偽らざる心境が語られます。

著者の主たる研究テーマはカッコウの托卵生態(巣の宿主が産んだ卵より先にふ化して、かつ宿主に育てさせるという非常に有名かつ、特異な生態)で、本当はライチョウ研究は片手間であったはずなのに、カッコウの研究が一段落した後に何故、再び厳しい環境でもある高山帯での研究に挑む決心をしたのかについても語られています(この決意の理由は最終章のテーマに繋がっていきます)。

50歳を過ぎて、再びライチョウの研究に立ち向かった著者のスタンスは、前任者である羽田先生とは対極を見せる「生態環境の完全解明」であり、個体識別のためには捕獲も辞さない(もちろん厳しい制約の元です)という立場を明確にしていきます。

その結果、これまで判明してこなかったライチョウの生態がこの10年間で飛躍的に解明される結果となったのです。

特に印象的だったのが、その地域の生息数の上限が、連年オスが縄張りを張れる領域(産卵と育児に適したハイマツの灌木が得られる地点)のスペースで規定されるという点でしょうか。

一般的な鳥類であれば、その卓越した飛翔能力を活用することで、生息域の拡大や、生息域の環境変化に対応した繁殖地の変更を比較的容易に行う事が可能です。

ところが、氷河時代以降、高山に孤立してしまったライチョウにとって、生息に適している環境は山々の高山帯に点在しており、点在している繁殖域を行き来するのは、高い飛翔能力を有しているといっても至難の業(なんといっても酸素濃度の低い高空を長時間無着陸で飛翔する必要があるのです)。結局として各繁殖地の面積、環境に非常に依存した繁殖活動しかできない事を個体識別で明らかにしていきます。

また、過去の研究成果との比較で、ライチョウの飛翔限界と過去の分布域、DNA解析による検討結果から、ライチョウが北方からどのように定着していったかを明らかにした点も非常に判り易く語られています。

この事から、非常に大きなニュースとなった70年ぶりの白山でのライチョウの飛来と、繁殖可能性(何故繁殖環境があるにも関わらず白山で雄雌ペアができないのか)についても説明されています。

そして、語られる内容は非常に深刻なテーマへと移っていきます。

前述のように、孤立した繁殖環境では種の保存にとって重要となる遺伝多様性が低下することは既に良く知られている事です。

以前であれば、ライチョウの飛翔能力によって補われていた点在する繁殖地間の往来も、気温の上昇による繁殖地の分断化が進んだため、南アルプスの群と北アルプス/頸城の山々の群に分かれてしまい、繋ぎとなる八ヶ岳の環境が改善しない限り、個体群の交流は絶望的な状況です。

更に、個別の繁殖地でも気温の上昇による高山植物の遷移(山頂の高さは決まっているので、最終的には消失に繋がります)による切迫感は、平均気温があと2℃上昇しただけで、絶滅に瀕するとの予測を打ち出しています。そしてここでも話が出てきてしまうシカの問題…。

25年ぶりに行われた個体調査の結果は、見事に上記の懸念を裏付ける結果となってしまい、南アルプスの個体群は大幅に減少している事が明らかになっています(報道等でご承知かとは思いますが、南アルプスでは高山植物が食害で激減、対抗策として高山帯でシカを捕獲、ヘリで地上に下ろすことを試さなければいけないほど、事態は切迫しています)。

それほど厳しい状態に置かれているライチョウですが、奇妙な事に警戒心に乏しく、人に対しても殆ど無関心を貫いています。

高山帯という非常に限られてはいても競合の少ない環境で生育している事が大きいのでしょうか、写真で見るライチョウの育児シーンはとてもおおらかな感じが伝わってきます(調査の結果でも、ヒナの死亡率で最も高いのはふ化後の気温低下による凍死であり、食害は思いのほか少ない)。そして、高山を目指す登山客にとって貴重なライチョウとの出会いは大切な思い出となっているはずです。

著者は、海外のライチョウ類(狩猟対象でもあります)の生態と比較しても特異なこのライチョウの生態を日本人の山岳信仰、農村での生活環境、そして里山と神々の峰ともいえる高山帯との峻別にその理由を求めようとします。

そのすべてに同意する事は出来ないのですが、ライチョウという鳥が、極めて限られた自然環境に守られて育まれた結果であることは間違いないようです。そして、その環境を底辺で支えていたのが人々の生活であったのであれば、何をしてあげることがライチョウの未来を繋げてあげられるのか、おのずと見えてくるような気がします。

著者が最後に投げかけている「ライチョウは生き残れるのか?」という問いに、現時点で解は無いのかもしれません。しかしながら、同じ環境を共有する我々に課された課題は非常に大きいと云わざるを得ない事を感じながら帯に書かれた「奇跡」の二文字を改めて見た次第です。

<おまけ>

農文協さんの本で以前に取り上げた本をご紹介します。

  • 今や絶滅しつつある川をフィールドとして生活の糧を得ていた漁師の姿を、同じフィールドを生きるアングラーの視点で描く「職漁師伝」(戸門秀雄)こちらにて書評を書いております
  • そして、今回の本でも取り上げられています、野生動物の急激な生態の変化について、無人カメラを駆使して撮影され続けている動物写真家、宮崎学氏の著作。この写真集を手に取った後で、八ヶ岳南麓にお越しになれば、あらゆる山裾、畑、田圃が電流柵とネットで覆われてしまった理由が判ると思います。自然保護という言葉は、その地に生きる者にとって軽くない「イマドキの野生動物」(宮崎学)
  • 職漁師伝とイマドキの野生動物