列島の要衝たるこの場所で過去から未来へと時を刻み繋げて(諏訪湖時の科学館儀象堂と下諏訪町埋蔵文化財センターは「しもすわ今昔館おいでや」へ)

列島の要衝たるこの場所で過去から未来へと時を刻み繋げて(諏訪湖時の科学館儀象堂と下諏訪町埋蔵文化財センターは「しもすわ今昔館おいでや」へ)

縄文文化の故郷とも呼ばれる八ヶ岳西麓。

エリア内の各自治体には、それぞれに工夫を凝らした考古館が整備されていますが、これまで独立した施設を有しなかった下諏訪町にも新たな考古博物館「下諏訪町埋蔵文化財センター」が昨年開設されました。

ところが、開館から僅か1年後のこの春、敷地を共有する、下諏訪町の名所でもある時計の組み立てが体験できる博物館「諏訪湖時の科学館儀象堂」が、下諏訪町の観光情報発信拠点として改装される事になり、三つの施設を統合して新たに「しもすわ今昔館 おいでや」として再出発、傘下の二つの体験型施設としてリニューアルを受けることになりました。

  • 諏訪湖時の科学館儀象堂 から「 時計工房 儀象堂」
  • 下諏訪町埋蔵文化財センター から「星ヶ塔ミュージアム 矢の根や」

リニューアルを迎えた4月14日、無料開放となった両施設を訪ねてみました(普段から辺りをウロウロしているくせに、無料に事付けてのこのこ見学に来る小悪人を、どうかお許しください…)。

ここ数年で綺麗に街路が整備された大社参道と平行に伸びる、一本左側に入った細い路地の中にある時計台が目印。エントランスには足湯が用意されています。

中庭には諏訪湖時の科学館時代からのシンボル、古代中国で実際に作られたとされている水車を動力にした天球儀と時計が一つのからくりに収まっている巨大な水運儀象台。中に入って実際に水車と歯車が動いている様子を見る事も出来ますし、毎正時にはスタッフの方(セイコーエプソンOBの方でしょうか)による、動作についての解説を聞く事が出来ます。

儀象堂の方は、組み立て工房が2階から1階に移されてウィンドウ越しに眺める事が出来るようになり、博物館としての位置付けから体験施設としての位置付けがより強くなったためでしょうか、展示内容にはあまり変更がないようですので、ここでは割愛させて頂き、裏側に廻ってみる事にします。

なお、此処ではIEEEマイルストーンに認定された、世界初のクォーツ式腕時計であるセイコークオーツアストロンSQ35の実物を始め、歴代の諏訪精工舎、セイコーエプソンが手掛けた時計たちも見る事が出来ます。

以前には設けられていた塀が完全に撤去されて、儀象堂と一体の施設となった、星ヶ塔ミュージアム 矢の根や。黒曜石をイメージした建物外観はそのままですが、表の看板は新たに架け替えられたようです。

儀象堂と一体運営になった影響でしょうか、受け付けはあるもののカーテンが掛けられ完全無人運用となった館内(20席ある地下シアターで上映される下諏訪町の歴史を紹介する、岩波映画社制作のPV(12分)もオートリピートに)。

な・の・で…。

係の者へお申し出ください書かれているミニ解説書が買えないじゃないですか!!!

まぁ、このパターンは観光案内所と管理を統合した開田高原の木曽馬資料館でも同じだったので今更驚きませんが、せっかくの無料開放の日で多くの見学者の方がお越しになっているのに、これは残念でなりません(やっぱり鷹山に行かないとダメなのかなぁ)。

気を取り直して…小さなエントランスの床には下諏訪を中心に置いた衛星写真の上に、このミュージアムのテーマでもある霧ヶ峰から産出された黒曜石が何処まで広がっていたのかを示す、発掘場所のプロットが示されています。

縄文文化、いえ当時の日本の中心がこの地であったことを雄弁に示す、実にシンボリックな地図です。

エントランスに並ぶ、星ヶ塔の解説。現在の名前で呼ばれる前から「星糞峠」とまで呼ばれた、黒曜石を豊富に産出する霧ヶ峰山麓。現在も土壌改質剤となるパーライト(その場所を称してビーナスライトとも)鉱山が稼働しています。

他の考古博物館であれば、大事そうに飾られるであろう黒曜石の原石。

でも、ここは今も鉱山のお膝元。ごっそりと黒曜石の原石が山盛りで飾られています。

下諏訪町における考古学の歩みを綴った年表。地味な展示ではありますが、町にとっては国指定史跡となり、このミュージアムを整備するきっかけとなった大切な足取の記録。

そして、このミュージアム最大の見せ物である、黒曜石鉱脈と縄文人たちが採鉱した跡をそのまま体感できるジオラマ。横には、剥ぎ取り標本もありますが、採掘跡どころか選鉱して捨てた黒曜石スラグの跡だというのですから、驚きです。

2階に上る階段からもジオラマを俯瞰で眺める事が出来ます。建物1階分を掘り進んで黒曜石の鉱脈を掘り当てた跡と考えられているこの遺跡。当時の非力な道具でここまで掘り進める熱意を実感できる展示です。

2階に上がると遺跡からの発掘物の紹介コーナーへと誘われます。

流石にこの地で発掘、加工までされていた訳ですから、豊富な黒曜石の発掘物とその時間軸の長さに圧倒されます。

そして、このミュージアムのビューポイント。実は、裏手には青塚古墳と言う、長野県内では珍しく、諏訪地域では唯一と言われている、確実に中央の影響を受けていたと見做せる前方後円墳。その石室をテラスから直接眺める事が出来るという、アイデア賞の展示。実は、入館する前に古墳の周囲を掃除中だった地元役員の方に事前に教えて頂いていたのでした(ありがとうございます)。こんな展示、古墳ファンじゃなくてもちょっと盛り上がりますよね。

古墳を望むベランダの反対側は、星ヶ搭遺跡以外の発掘物を紹介するコーナー。

平安時代までの町内からの発掘物が展示されています。

本館のお宝ともいえる展示物。有名な亀ヶ岡式の土器が遥か中部高地のこの場所から発掘されたという事実、この地が縄文時代には既に日本中と繋がっていた事を雄弁に示す証拠です。

そして本館で最も印象的な展示は館内の一番隅にあります。

多くの書籍で語られるように、縄文時代と弥生時代を分かつものは稲作と、青銅器の導入。

しかしながら、黒曜石を豊富に産出するこの場所では、弥生時代中期になっても黒曜石による道具を大量に使用していた事を示す発掘成果が残されています。

弥生時代に入ると八ヶ岳を中心にした中部高地は忽然と無人の広野に戻ってしまったかのような印象を完全に払しょくするこの発掘物たち。

その先には、これら展示物の背後に今も姿を残す古墳の埋葬者達やそれを支えた人々、更にはその発祥すらいまだ解明できない、諏訪の神々を祀る人々が、日本中、更には北東アジア全般に繋がりながら営々とこの地に住み続けていた事を、発掘物たちが教えてくれます。

今回の改修で、観光案内施設の一アトラクションに堕ちてしまったかのような印象もありますが、その溢れるばかりの発掘物が語りかけてくる無言の言葉は些かも変わりはない筈。

歴史と人が交わり合う、縄文の中心地から諏訪信仰の中核へ。諏訪湖を眼前に控え、四方の峠を越えて街道が交わる一大ジャンクションは今、世界の精密機械工業を牽引する場所へ。列島の要衝に位置し続けてきた下諏訪町の歴史を、時計の針の刻へと委ねて、未来へと繋げるこの場所。

綺麗に整備された展示環境を得て、新たに多くの方々の目に触れられるようになった貴重な発掘成果が、より深い歴史理解に繋がる事を願って。

 

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今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)信州の縄文研究系譜を継ぐ研究者が挑んだ、美しく丁寧に描かれた机上の八ヶ岳縄文ミュージアム

New!(2018.7.5) : 今月から始まった東京国立博物館の縄文展。著者である藤森英二さんが制作された、本書にも掲載されている縄文人たちをイメージしたフィギュアが展示されているそうです。

国立博物館の展示で著者の作品をご覧になられた方にも是非お勧めしたい一冊です。

<本文此処から>

版元さんからの刊行案内が出て以来、心待ちにしていた一冊。

金曜の晩に漸く地元書店さんの店先(何時の間にか郷土本コーナーが店舗の奥の方に移っていて、危うく見つけそこなうところでした)で見つけて読み始めましたが、予想を超える素晴らしい仕上がりに、一気に読み進めてしまいました。

地方出版社の衰亡が続く中、まだまだやれる事はあると、意欲的な企画と、地方だから、少部数だからとの妥協を許さない丁寧な制作、編集。大手出版社さんにも全く引けを取らない美しい装丁を施した本を次々と送り出していく信濃毎日新聞社さんが、これまでのコンセプトを更に推し進める形で新たに送り出した一冊。狙ったようなインパクト重視でキャッチーな表題の裏側に描かれる、本当に版元さんの良心に溢れる一冊のご紹介です。

信州の縄文時代が実はすごかったとう本今月の読本「信州の縄文時代が実はすごかったという本」(藤森英二 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

本書の著者、藤森英二さんは、八ヶ岳の東麓、北相木村の考古博物館で学芸員を務めながら、主に長野県下の縄文遺跡に関する研究に従事する研究者。このお名前をご覧になって、本書にご興味を持たれた方はピンとくるのではないでしょうか。縄文研究に大きな足跡を残し、今に至るまで学界において議論を呼び続ける、ある意味において、日本の古代史の視点が世界的な考古学の流れと決定的な違いを見せる結果となった論考を残した人物。在野の考古学研究家と呼ばれた、縄文農耕論を著した藤森栄一氏に繋がる方です。

こう書いてしまうと、まるで縄文農耕論の継承者が描く、本格的な縄文文化論が展開される本のように見受けられてしまいますが、さにあらず。更に言えば、このような紹介自体、あくまでも本書を売り込むためのセールストークのようなものであり、著者の意図する所とは異なっている事を予め述べておかなければなりません。

本書が本当に素晴らしい点、それは八ヶ岳西麓に広がる縄文遺跡をテーマに、学芸員とモデラー(掲載されている写真のフィギュアは全て著者の自作です)という、二つのキャリアを存分に注ぎ込んだ、美しくも丁寧に纏められた、ページの上に描かれる縄文ミュージアムを見事に作り上げた事です(注記:信州と表題されていますが、前述のように八ヶ岳西麓がメインテーマです)。

信州の縄文時代が実はすごかったという本巻末に掲載された多くの協力者の皆様の手助けを受けながら、信州の息の長い学研的な伝統が培ってきた研究者の系譜に連なる著者(出身の明治大学において、戸沢充則氏の薫陶を受けています)が、その中心地からほんの少し離れながらも息吹を肌身に感じるであろう八ヶ岳東麓から俯瞰する、数千年に渡ると云われる八ヶ岳高原で大繁栄した縄文時代の主要な研究テーマを丁寧に解説していきます。

執筆協力の皆様によって集められた美しい画像や、良く錬り込まれた豊富な図案。著者自身の制作によるフィギュアによる美しくも可愛らしいフルカラーのページたち。ページに添えられたキャッチーなフレーズを眺めていると、一見して小中学生向けの所謂副教材ではないかと思えてしまいますが、それは大きな誤りのようです。低年齢向けの語法はあえて避けて、一般の読者を想定した文意と、博物館等の刊行物では当然の配慮である、時代感の指摘やキャプション、補記への配慮は、正に本書が学童向けの入門書に留まることなく、より広範な読者、好事者、歴史ファンの皆様に向けて書かれている事の証。多くの皆様が感じているかもしれません、大好きな博物館、美術館を訪れた後、この感動をそのままに収めた一冊の本が欲しいと思う感触そのままに、本書は仕上げられているかのようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そのテーマ故に入門書としての体裁で纏められていますが、要所に書かれた内容は最新の学術成果も盛り込まれています。本書を読まれる方であれば、一番気になる点についても、最先端の圧痕法(レプリカ法)による知見が盛り込まれており、この一冊で最新の縄文研究の一端に触れる事が出来るように配慮されている点は、更に嬉しいところです。著者はあくまでもこれらの議論に対して、距離を置いた発言をされていますが、その検証手法の発展と新たな知見が現れる事を密かに期待されているようです。

信州の縄文時代が実はすごかったという本そして、八ヶ岳の裾野に広がった縄文時代の遺跡で繰り広げられた物語について、考古学的成果から俯瞰していきます。特異な文様を持った縄文土器の分布と伝播、八ヶ岳の縄文文化を象徴する二つの国宝土偶の物語(二つの間の時間軸的な断絶についても)。そして、発展を支えたであろう豊かな生産性と、交易物としての黒曜石からみる、海をも超えて東日本を広く包み込む、広範な縄文人たちの移動する姿。これらの内容は博物館でじっくり見たつもりでも、改めて本という形で眺め直すと、別の見方が生まれて来るようです。そして、現代に生きる私たちもその大きな流れの中で生きている事を実感させられる、縄文海進とあれほど繁栄した八ヶ岳西麓に生きた人々が残した痕跡の消滅。

ここから先は、是非現在の八ヶ岳山麓に訪れて、その息吹を感じて欲しいとの想いから、多くの類書では決定的に欠けている、各所に点在する博物館の展示紹介や訪問ガイドにページを割いている点は、本書が博物館関係者が著述されている点以上に、地元に在住する人間として、更には本書を通じてその地を訪れたいと思う多くの歴史ファンにとって、極めて嬉しい配慮である事を重ねて述べておきたいと思います(双方に於いて絶対的に断絶して扱われる事が多い、隣県の博物館に関しても、特段の配慮を以て記載をして頂いている点については、深い敬意の念を述べさせていただきます。八ヶ岳山麓は東西南北みんな一緒)。

SNSや著者のブログに残された刊行前のコメントを拝見すると、研究者のキャリアとして本を出すのが早すぎたのではないか、刊行自体に無理があったのではないかと悩まれている様子が伺えますが、そんな想いは多分杞憂だったと思いますよと、お伝えしたいです。

これまでになかった、八ヶ岳山麓の縄文時代を美しくも丁寧に綴られた読むミュージアムとして、多くの歴史が好きな方の机上に届けられることを願って。そして、今度のお休みには、その足跡を訪ねて美しく整備された博物館たち、史跡へ訪れてみませんか。

八ヶ岳ブルーの下で4

信州の縄文時代が実はすごかったという本

P1060493<おまけ>

本書に関連する内容を扱ったページをご紹介します。