25年周年を迎えて「kewpie Heart of Sunday」もリニューアルへ(Thanks! 20 years.DJ nona)

25年周年を迎えて「kewpie Heart of Sunday」もリニューアルへ(Thanks! 20 years.DJ nona)

New!(2016.3.6):各所で噂になっているようですが、本日の放送中に2年間に渡るMay.Jのパーソナリティ降板と同時に、番組自体も3月に終了することがアナウンスされました。既に残す所あと3回の放送となります。

残り3回を各パーソナリティの担当ごとに分けた時代の曲で送るプログラムとなった2回目の今日。May.Jの代読という形でnonaからのお別れのメッセージも流されました。大好きな音楽への想いと、それをどのようにして伝えるかを日々考えながら送り出してきた、番組とそれを支えてくれた番組製作者の皆さんへの想いと感謝。そんな番組に寄せられた世界のアーティストからのメッセージへの感謝。そして、聴いて下さったリスナーへの想いが詰まった、あの時のテイストを思い起こさせる、素敵なメッセージでした(2016.3.20追記)

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キューピーのホームページを長く、長く飾り続けた、文化放送の祝日特番メロディホリデー(2016年度の年間放送スケジュールは既に出ています)と並ぶ、ハート・オブ・サンデーの番組案内。特徴のあった多くのCMたちは、福山雅治さんの番組に移るのでしょうが、歴史ある一社提供番組としての案内も、1時間番組だから出来るのであろう、90秒のロングCMも、これが最後の見納め、聞き納めですね(2016.3.27)

 

<本文此処から>

既にご承知のように、本日、TFM全国ネットワークで放送されている、kewpie Heart of SundayのDJを20年間続けてきたnonaの最後のオンエアーでした。

「ハート・オブ・サンデー」の放送が開始されたのが1989年。当時のナビゲーションは、城之内ミサさんでした。その翌年、25年間続いた、日曜朝10時から放送の、TBSラジオ系列「キューピー・バックグラウンド・ミュージック」が終了(番組自体はスポンサー、ナビゲーターを変えながら2009年まで続きますが、番組のスタイルは大幅に変わっていきます)。現在の「ハート・オブ・サンデー」は実質的にこれら二つの番組のテイストを引き継ぐことになります。

少し古めの80年代から90年代までの洋楽を中心に、時にはオールディーズ、時には映画音楽、そして最新の楽曲から直近の音楽賞受賞作品の紹介まで。比較的メジャーな楽曲を中心として、ライトな洋楽リスナーに焦点を絞った選曲と、DJ nonaの優しく、そしてちょっとスローなトークが、週休二日制がしっかりと根付いて、緩やかな時間の流れを見せる日曜の朝というひと時にはベストマッチでした(この番組では、パーソナリティという呼称ではなく、DJと呼びたいです)。

一社提供番組が大事にする、番組自体の一貫したテイスト、キャッチアップしたいと考えている顧客層に対する明確なメッセージ、番組の雰囲気に合わせたオリジナリティ溢れるCM…。現在では殆どが失われてしまった、高度成長期から続く、番組製作者、出演者、広告代理店、スポンサー、そしてリスナーとの幸せな関係がそこには濃厚に溢れています。

今回、最後の出演に当たって、DJのnonaが自身のblogに掲載している感謝の挨拶を見れば、その豊かで幸せな関係の一端が見えて来るようです(アーカイブはこちら)。

Kewpie Heart of Sunday2こちらは、番組のホームページからお別れのメッセージを。画像をクリックして頂ければ番組ホームページにジャンプします。

この幸せな関係は、昨年3月に多くのリスナーに惜しまれながら最後を迎えた、SUNTORY SATURDAY WAITING BAR AVANTIの製作者、出演者たちにも共通の想いがあったようです。どちらの番組でも、出演者、製作者のコメントから番組放送中は決して語られることがない、広告代理店の方々への感謝の想いが述べられていきます(Avantiは博報堂、Hart of Sundayは大広です)。

しかしながら、番組が長期に渡ることによって、視聴者層自体の年齢が上がってきてしまい、購買力が衰えてきてしまうことは宿命的な事実。この春終了を迎える「笑っていいとも」も同じ理由が囁かれています。

Avantiも最後の数年間は、その「高年齢化」対応に迫られて、女性、若者へ向けた番組構成の試行錯誤を繰り返していました。その変更には、番組のスタイルが余りにも確立してしまっていたために、古参のリスナーから苦言が出るほどになっていましたが、最後はTVの酒類広告における5:00から18:00迄の自主規制基準適用を踏まえての終了となったようです。

ハート・オブ・サンデーは、キューピーという日常生活に根差した商品を取り扱っており、番組リスナー層も決して高くはなかったと想像されますが、それでも番組開始から25年。nonaがDJになってから20年の年月を経て、番組自体もリニューアルの時期を迎えたようです。

nonaの最後のメッセージにこんな言葉があります「今ではお嬢さんと一緒に聴いていますというメッセージも・・・」。最近、山下達郎のサンデーソングブックでも頻繁に聞く言葉で、微笑ましい事ではあるのですが、スポンサー、広告代理店から見れば、新規リスナー=購買顧客が増えていない証拠でもあり、早晩テコ入れが必要だったことが判ります。

幸いなことに、番組自体はパーソナリティを変更して引き続きオンエアーされるとの事で、ちょっとほっとしていますが、ターゲット年齢が当然引き下げられる事でしょうから、今までのように80年代の曲が頻繁にかかる事もなくなるでしょうし、番組自体もよりアップテンポな進行になることが予想されます。

それでも、「ここまでのお相手は」のメッセージを残して、番組をcloseできるのは、リスナー、スポンサーにこの番組が愛されていた証拠。次のパーソナリティを迎えることが出来る、DJにとってはきっと幸せな最終回。

日曜の午前、ゆったりとした時の流れを感じさせてくれる素敵なひと時に聞こえてくる柔らかなトークと、何時も聞いていたい名曲の数々。これから出かけようとする車の中でほんの少しアクセルを緩めさせて一曲、聞き惚れたくなる、懐かしい洋楽たち。素敵な時間をくれた番組スタッフとDJ nonaに改めて感謝を。

Kewpie Heart of Sundayもうこれ以上カウントが進まないであろう、最後のオンエアーカレンダーを。画像をクリックして頂ければ番組ホームページにジャンプします。

<おまけ>

 

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Avanti最終回に想いを寄せて(一社提供長寿番組への望郷)

Avanti最終回に想いを寄せて(一社提供長寿番組への望郷)

今夜、Toyko-FM系で全国ネットされていたサントリー一社提供プログラムである「Suntory Saturday Waiting Bar “AVANTI”」が最終回を迎えました。

番組構成上、前回で既に番組としては終了しており、今回は「その後のAvanti」というコンセプトで、いつもと変わらない番組構成に徹したようですが、製作陣の番組への想いを込めた、最後の教授の一言「じゃあ、また今度の週末に」というセリフは、日常の一コマをテーマとしてきた番組としては最高のラストメッセージだったのではないでしょうか。

1992年と言う、バブル崩壊直後に始まった長寿プログラムに敬意を表するようにTokyo-FMとサントリーの協賛という形で、スペシャルなリスニングイベントを用意して、出演者が最後に登壇して、セッションを行うという(こちらのtogetterをご覧いただければ雰囲気が判るかと)、いう粋な計らいもありましたが、昨年末の山下達郎サンデーソングブック(こちらは複数社提供のプログラムとして残っていますが)に続いて、FMで放送されている一社提供の長寿番組がまた一つ、終わったことになります。

(リスニングイベント後のセッションの模様が動画で上がっています。こちらよりリンクをだどって頂ければ。THANK YOU『AVANTI』presented by JIM BEAM” 2013.3.30 セレモニー完全収録:2013.3.31追記)

一社提供、かつスポンサーの変更が無い全国ネットのFM番組というともはや「ジェットストリーム(こちらも現在は複数提供)」か「キユーピー・ハート・オブ・サンデー」位でしょうか。

21年前のリスナー層を想像すると、多分第二次ベビーブーム前後に生まれた、社会に出始めた人、社会に出る直前を迎えた大学生たちをターゲットに据えていたでしょうし、番組自体もちょっと大人の雰囲気を醸し出させ、背伸びをしたイメージを大事にしていたと思います。

出演者は何度か変わりましたが、ゲストの選定基準としては最終回までそのようなコンセプトは不変で、最終回のゲストの皆様もその道のスペシャリスト(イカがテーマというのは1月のダイオウイカのネタに絡めた事からも判るのですが、何となく番組自体が打ち切りだったのではないかと疑わせてしまいます)が出演していますので、若者をターゲットにしてきたFMのプログラムとしてはある程度知的好奇心を持った「大人」でないと楽しめない、ちょっとリスナー層の偏った構成だったと思います。

出演者のスペシャリティ度、Avantiが存在したとされる元麻布、そしてある程度経済的余裕がないと楽しめないバーという舞台設定、Jazzにスポンサーが最も必要としたウィスキーや洋酒の数々。既にバブルは崩壊を始めていましたが、それでも90年代初頭の高級路線の匂いをどこか残したまま、21年間の番組が紡がれてきたように思います。

そんな一昔前の余韻に浸れる懐かしさもあって、古参のリスナーの方々から圧倒的な支持を受け続けてきたAvantiですが、ここ数年の番組内容の改定はある意味、性急な感が否めなかったのも事実です。

21年前のメインリスナーの多くは既に社会的地位を確保し、自身と自身の大切な人たちの為に時間を費やすことが最も大事になる年代になっているはずです。そう、21年前の教授と同じかもう少しで届くくらいに。

番組から流れてくる「大人」の雰囲気はもう充分に手元に備わっていて、番組、いやスポンサーが提供したいと考えている「洋酒のある生活」を既に手に入れてしまっている方が殆どなのではないでしょうか(私を含めて)。

スポンサーにとっては番組自体も広告宣伝価値として重要な訳ですが、特に一社提供番組の場合、番組構成にも積極的にスポンサーが係る余地が大いにあるわけで、番組構成がその時々の社会動向に大きく左右されるのはある意味当然なのだと思います。

特にAvantiの場合、遥か昔の60~70年代のTVドラマで扱われた手法そのままに直接的な商品宣伝も番組に組み込まれていたため、番組冒頭で教授やその時々のアシスタントを務める出演者たちが頼むオーダーに色濃く反映されていたと思います

(ちょっと追記:下記にあるWebooks倉持代表のbolgに掲載されていますが、アンケートによるとAvantiとスポンサー名の連想性は高かったとの事です。企画自体の秀逸性もそうですが、広告代理店であった博報堂としては面目躍如だったのですね。2013.4.3)

そんな、広告宣伝効果が求められる(もしくは全く度外視される)一社提供番組達はAM/FM/TVを問わずここ数年どんどん減少傾向にあるようです。これだけ価値観が急速に変化していく昨今ですから、一度決めたコンセプト、テーマを長く持続させることは難しくなってきているのかもしれません。

同じくFMの長寿番組である「ジェットストリーム」の方はMCが度々変わってきていますし、現在の番組コンセプトは開始当初の「憧れの海外旅行」から「イージーリスニング」へと内容はさして変わっていないように見えますが、ターゲットは大きく変わってきている(年齢層を大幅に引き上げている)と思います。

もう一つの長寿番組である「ハート・オブ・サンデー」もMCは何度か変わっていますが、番組のスタイルやコンセプトは変わっていません。これはスポンサーが取り扱う商材の影響が非常に大きく、日常生活と切っても切り離せないテーマ、コンセプトは時代が変わってもそう簡単には変わらない事をよく示していると思います(AMで放送されていた同様のコンセプト、スポンサーの番組の多くは残念ながら終了していますが、こちらはMCの年齢的な問題と、AMの方が元々ターゲット年齢が高く設定されているので既にそのターゲット層が市場規模を失っているという構造的な問題もありますね)。

Avantiもある意味「日常」をテーマにしていますが、そこは「日常からほんのちょっと離れたバー」という隣接空間故に、本物の日常生活からは遊離した感があるかと思います。

そんな中で、元々のコンセプト「ちょっと背伸びをした大人の時間」を大切にしながら新たなニーズも取り込もうを試行錯誤を繰り返してきたここ数年のAvantiだったと思いますが、遂にその役割を終える時が来たようですね。

最後に大いに盛り上がったリスニングイベントに参加された皆さんの落ち着いた雰囲気こそが、21年を経て、番組製作者の方々がリスナーと共有したいと望んだ「素敵な大人」そのものであったことを喜ばしく思いつつ、今夜も一杯飲みながら考えているところです。

【Avanti最終回についてのコメントが掲載されているサイト】

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<おまけ>

告白すると、実はAvantiが苦手でした。社会に出たころは、徹夜の連続でくたくたに疲れ果てて、土曜日にようやく自宅に戻った後に聞く小話は消耗しきった自分には少々荷が重く、すぐにラジオを切ってしまったことも一度や二度ではありません。

南麓に移住してからも、日本では希少な蒸留所を有する白州の近くに住んでいるにもかかわらずウィスキーやバーボンが苦手で、バーの雰囲気にも馴染めない自分にとって今でもAvantiは「敷居の高い場所」に過ぎません。

そんなちょっと遠くから眺めていたリスナーだったのですが、移住した後に車に乗るようになってからほんの少し近づけた気がしています。夕暮れ時の車内に流れるJazzと著名人たちの語り、ちょっと煩い時もあるけれど軽妙な出演者たちのショートドラマは、ハンドルを握り帰宅を急ぐ心をちょっと留めさせて「もう少しゆっくりしていってもいいかな」と思わせる塩梅だったいう事をようやく知ったのは30も後半に差し掛かった頃でした。それだけ「大人」な番組だったのですね