今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

今月の読本「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)目には見えない磁場が描く太陽と地球の歴史を綴るカルテ

八ヶ岳南麓のすぐお隣、長野県の野辺山にある野辺山電波天文台。現在は「国立天文台 野辺山宇宙電波観測所」と呼称しますが、以前は「野辺山宇宙電波観測所、野辺山太陽電波観測所」と二つの名前で呼ばれていました(国道141号線を清里方向から向かうと、野辺山に入ってすぐの場所に案内看板が出ていますが、「野辺山太陽電波観測所」部分は塗りつぶされています。

現在は各大学が共同で利用する施設として太陽観測の機器が運用されていますが、以前は太陽観測の分野でも国内随一の場所でした(現在は、天文台自体も縮小化の道を進んでいます)。

夏場には薄い空気と肌を刺すほどの紫外線の強さ、冬場には極寒の中で満天の星空という、空の近さを身近に感じる事の出来る野辺山ですが、この場所で研究を続けられてきた方が書き下ろした一冊。少々仰々しい表題と写真に少し威圧感すら感じますが、興味深い内容がぎっしりと詰め込まれています。

大洋は地球と人類にどう影響を与えているか

今回は「太陽は地球と人類にどう影響を与えているか」(花岡庸一郎 光文社新書)をご紹介します。

毎月大量に刊行される新書の中でもややマイナーな光文社新書さん。テーマの間口も幅広く、硬軟織り交ぜた内容のラインナップとなっているため、テーマを絞った一冊を読みたい私としては手に取りにくい新書シリーズ。それでも、時に驚くようなテーマと著者を取り上げてくるためチェックは欠かせないシリーズでもあります。

今回の本も帯を含めた表紙デザインからイメージされるように、シリーズの中ではかなり硬派と言っていい一冊。著者は現在、国立天文台の本部がある三鷹で太陽観測の統括をされている方です。

内容的には往年の縦書きのブルーバックスと言った雰囲気(読み物重視です)で著者の専門分野である太陽観測、太陽物理学(著者の専門は光学観測ですが内容的は電磁気学が多い)メインで語られていきますが、あとがきにあるように太陽物理学に関する広範な分野、更には表題の様に地球環境を語る部分も相応にありますので、極めて広範囲な内容が綴られていきます。

その中でも著者が力を入れて著述される点は、太陽観測の歴史。オーロラと黒点観測から始まり、現在の宇宙空間で行われている人工衛星による幅広い波長域での観測データによって、11年周期を以て鼓動を続ける太陽を捉える姿が時代と共に変わっていく点をじっくりと説明していきます。

太陽観測の歴史と共に語られる太陽の鼓動。黒点とオーロラ以外、目で直接見る事は出来ない、宇宙空間における磁場と可視光領域以外のダイナミックな動きが写真と共に語られていきますが、如何せんそれらの物理現象は余りにも巨大で身近な現象に置き換えて説明できない内容(解釈自体も依然として議論があると)のため、特に太陽活動の主軸となる磁力線の変化と付随するプロミネンス、コロナに関する部分の説明は慎重に読み進めることになります(それでもちゃんと駆動モデル理解できたか自信ないです)。

そして、太陽活動と我々の生活に密接な関わりがある点。全ての始まりであり、地球上のエネルギーの殆どを支えていると云える太陽の活動は、最近のお話では「宇宙天気予報」の言葉と共に伝えられるように、人類の文明が進化すると共に、無線通信や、電力送電に関して甚大な影響を与える可能性が示唆され、軌道上のデブリ、地球近傍に飛来する隕石の観測と併せて、天文学が社会と密接に関わる分野を生み出している点を指摘します(通信技術を学んだものとしては、電信の障害や送電トラブルが地球を貫く地磁気誘導電流により引き起こされると改めて解説されると、その見えないダイナミックな挙動に感嘆します)。更には、普段の生活からちょっと離れて、太陽風と銀河宇宙線の関係と言った惑星天文学に関するテーマにまで話を広げていきます。

太陽の活動が我々の身近な生活に大きな影響を与える事がある事を示す前半。しかしながら後半で語られる、我々の生活と更に密接に関わるもう一つのテーマ、地球環境と太陽活動のお話になると、少し様子が変わってきます。表題を見て手に取られた読者の方がもっとも気にされるであろう、地球温暖化と太陽活動の関係、更には近年の太陽活動低下に伴い、温暖化の認識とは逆に寒冷化に進んでいるのではないかというごく一部の論調。いずれも太陽活動が密接に関わる内容の筈ですが、著者はそのどちらにも肯定を与える事はありません。

18世紀まで遡る黒点観測、オーロラの観測から続く、長い太陽観測の歴史を改めてひも解きながら、その間の観測データの整合性を述べながら、太陽活動と各種の観測結果間にある程度の相関性は認められることを示しますが、最も地球環境に影響を与えるであろう、太陽自体の光の強さ、即ち可視光領域の光量変化は僅か0.1%程度に過ぎない事をデータから示します。

果たして表題の様に太陽活動が地球環境にどのような影響を与えて来たのか、唯、眩しく輝く「変わらぬ太陽」なのか。

現在も共同研究が続く野辺山の太陽観測施設。

太陽の活動が11年周期で変化する事は既に一般的な知識となっていますが、そのサイクルの繰り返しがどのように変化していくのか。更には、全ての源である一見「変わらぬ太陽」の何が変化すると地球環境に大きな影響を与えるのか。

我々人類が積み重ねた太陽に関する知見は、その活動時間のスケールから云えばほんの僅かな300年ほどしか蓄積が無い一方、その間に太陽活動や宇宙線への理解と応用が進んだ結果、地球環境の変化の記録を数万年単位で追えるようになってきています。更には、他の恒星の活動には太陽の活動の過去、未来を示唆する豊富な知見を伴って、今も星空で瞬いています。

著者が最後に述べるように、科学もまた時間を掛けて知見を蓄積する事で前へと進んでいく。その歴史的な研究の推移と共に、太陽と地球環境、人類の歴史をも綴る一冊。

テーマ故に少し取っ付き難く、多少専門的な知識への理解を要しますが、それ以上に幅広い好奇心に応えてくれる一冊です。

<おまけ>

野辺山宇宙電波観測所特別公開2019パンフレット

今年(2019年)の国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の特別公開は8/24(土)です。

シンポジウムでは太陽観測関連のお話はありませんが、例年、研究施設の解説が実施されます。来年度以降、予算の大幅縮小により常時有人観測体制の解除もささやかれている野辺山天文台。このようなイベントが継続できる可能性も下がってきています。チャンスのある方は是非お越し頂ければと思います。

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梅雨空の彩(2019.6.17~7.7)

今年は連日どんよりした天気が続く、梅雨らしい梅雨時を迎えた八ヶ岳南麓。

お天気が悪いので撮影はちょっとお休み気味。それでも日々を行き交う中で望む彩を収めて。

雨交じりの夕暮れ。

暗く垂れ込める雲を赤く焦がす夕焼け。

梅雨の夕景_小海線沿い雲を染める夕焼けに照らし出される小海線のレールと圃場(2019.6.17)

梅雨の夕景_夏至の八ヶ岳雨が上がった夏至の夕暮れ。

午後7時をまわっても薄明るい、標高の高い八ヶ岳西麓。しっかりと伸びた稲の苗が伸びる圃場に夕景が映ります。梅雨の夕景_霧ヶ峰とレンゲツツジその名の通り、霧が立ち込める霧ヶ峰の裾、車山肩。

シーズンを迎えたレンゲツツジが点々と花を咲かせています。

霧の中に浮かび上がる、朱色に染まるレンゲツツジ。

茅野側の麓では薄日が射していたのですが、この後、諏訪湖方面に至るまで土砂降りの雨模様に(2019.6.23)

お天気が悪い日が続きますが、時折の晴れ間、雲の向こうに望む甲斐駒の雪渓はすっかり薄くなっていました(2019.6.25)

梅雨の夕景_南アルプス夕暮れになって雨が止んだ圃場から望む南アルプス。

切れ始めた空の雲を柔らかく染める夕日(2019.6.28)

梅雨の夕景_雲の天井が開いた後大雨となった週末。空を覆っていた分厚く広がる雲の天井が抜けると、陽射しが零れる柔らかな青空が広がり始めています。

梅雨の夕景_雲を焦がす夕暮れやがて周囲が暗くなり始めると、西の空に沈んだ陽射しが不気味なほどの朱色に雲を焦がしていきます。

子羊の物悲しげな鳴き声が雲間に響き渡る、少し背筋が寒くなる夕暮れ(2019.6.30)

梅雨の夕景_空を染める朱1雨模様が続く日々、久しぶりに午後から雨が止み、少し日射しが戻ってきた金曜日の夕暮れ。薄雲が残る八ヶ岳西麓の空を焦がす朱に染まる夕暮れ。

梅雨の夕景_空を染める朱2日射しが西の空に落ちていくと、圃場もゆっくりと暗闇へと沈んでいきます。

既に夏至を過ぎて、日射しの長さは徐々に短くなり始めていますが、全国的に観られたこの日の夕焼け、標高の高い八ヶ岳西麓では長く、長く続いていきました(2019.7.5)

再び夜半から強い雨が降り続いた日曜日。

午後になって、僅かに顔を覗かせた八ヶ岳の裾野。雨上がりの緑が更に色濃くなっていました。

カレンダーは既に7月、山里らしい少しひんやりした雨降りの日々もあと僅かです。

 

リニューアル1周年を前に、上越市立水族博物「うみがたり」へ(過去の記憶と未来のアミューズメントを繋ぐ場所)2019.6.15

リニューアル1周年を前に、上越市立水族博物「うみがたり」へ(過去の記憶と未来のアミューズメントを繋ぐ場所)2019.6.15

天候が目まぐるしく変わる梅雨の6月。

昨晩から雨が降り続く八ヶ岳南麓を離れて、北へ向かいます。

上越市立水族博物館全景途中、激しい雨と強い風にハンドルを取られながら高速道路を走り続ける事、3時間。雨が上がり、少し暑さすら感じられる日本海を望む浜辺に建つ、2018年に3回目となる新築での改装成った、上越市立水族博物館。近年の美術館のようなコンクリートの打ち放しとガラス張りを組み合わせたモダンな外観。「うみがたり」との愛称が付けられています。

こちらが以前の水族館外観。90年代に増築されていますが、如何にも昭和の雰囲気を漂わせるレトロな佇まい。現在は解体されて駐車場となっています。

2年前の閉館の際に訪れて以来、改めて訪問しようと決めていたのですが、リニューアルから丁度1年を経て、漸く訪れる事が出来ました。

上層階から下へ向かって動線を引く、近年の博物館などでも多く用いられるレイアウトコンセプトを採用するため、エスカレーターで登る最上階の3階がエントランスになります。エントランス前に広がる、日本海を同一視線の延長で望むテラス。この水面自体がメインの大水槽の水面そのものとなっています。

では、館内を少しご案内。各所の案内表示(サインシステム)にはこのようにペンギンのデザインが採用されています。

先ほどの日本海テラスの下に廻り込むと、メインの大水槽を横から眺める事になります。スロープで下りながら水面近くに群有する魚の群れから徐々に底に住む魚、水中トンネルへと、水深を下げながら眺めていく事になります(反対側に下段から眺めている方が映っていますね)。

下段側に廻り込むと、このように水中から水面を眺めるような形になります。

従来あった大水槽の様に全面アクリル張りというスタイルではなく、コンクリートの海底を囲う様に組まれた要所の壁にアクリルの大きな覗き窓を取り付けて水槽として構成していくスタイル。水槽の容積は大きいですが、このように分割することでアクリル面の面積(=コスト)を抑えているようです。

日本海を1/10000スケールに表現することを狙った、水槽のコンセプトを示す解説板。休日で多くの見学客の方が訪れていましたが、薄暗い通路に黒地の解説板という事もあり、読まれている方は意外と少ないようです。

洞窟をイメージした水槽上端の窪みには狙った通りなのでしょうか、サメたちが住みついているようです。

メンテナンス用の意図もあるのでしょうか、大水槽を支える天井にはこんなカッティングも。

以前の大水槽。バブル期に構想された事もあるかと思いますが、当時国内で最も厚さのある巨大な一枚物のアクリル板を用いた正面と、エスカレーターで上下できる2層構造というパノラマ感を優先した水柱スタイルの巨大水槽。飼育されている魚達は変わらなくても、水槽から伝わるイメージは大きく変わりました(ちなみに熱帯魚水槽を思わせるアクアブルーとイエローの水中照明色は、指定管理者制度が導入された最末期に変更されたものです)。

ペンギンのオブジェに誘われて、暗い水族館部分を抜けていきます。

スロープを降りて明るいテラスに戻ると、3面のデジタルサイネージがお出迎えしてくれます。

本館のもう一つのテーマである、世界最多の飼育数を誇る、マゼランペンギンの展示スペース、冒頭で彼らの故郷であるアルゼンチンにおける保護活動の様子が紹介されます。全面ガラス張りのテラス、豪雪地帯に立地する水族館らしく、屋内からでも楽しめるよう、冬季の見学者への配慮が伺えます(窓の下には空調が仕込まれているようです)。

テラスの外は彼らの故郷、パタゴニアの海岸を模した景観展示を採用しており、プールへ上り下りが出来る岩山や産卵のための巣となる穴倉が多数用意されています。

砂山の上でのんびりと寛ぐマゼランペンギンの夫婦。解説の方によると、つがいの絆は長く続くそうです。

時折、順路に当たるウッドデッキの上を、プールから上がって巣に戻るペンギン達が歩いていきます(縦横無尽に横断するのを防ぐため、後になってプランターを置いたようです)

時にはこんな風に、見学者の前を横切るシーンも観られます。生態展示の中に人が迷い込むシーンを作り出す、そんな試行錯誤の一端です。

群れとなってプールの上で泳ぐマゼランペンギン達。

以前のマゼランペンギンの展示スペースを建屋の屋上から撮影した物ですが、意外な事に、展示スペースは殆ど変らず、オープンスペースだったプールの水面に至ってはむしろ狭くなっている印象すら与えます。

テラスの壁に掲示された、この場所を象徴する解説。1993年から始まった(旧)上越市立水族博物館におけるコロニー形成を狙った多頭飼育によるマゼランペンギンの飼育実績と現地・パタゴニアとの連携を示す解説パネル。

100羽を超えた繁殖を達成し、すみだ水族館をはじめ各地の水族館に送り込まれ、その後も近親交配を防ぐために全国の水族館と相互に移動されるマゼランペンギンたちの母体となった旧水族館における飼育成果。大きな実績を有するその飼育の経緯や現在の保護活動の様子はデジタルサイネージを使ってリピートで流されていますが、こちらも余り足を止める方はいない様子。そして世界最多を誇る一方で、意外なほど狭い展示スペース(バックヤードがどの程度のスペースなのかは判りかねますが)。

じつは、この展示エリア、施設所有者である上越市でも指定管理者である八景島でもない、地元有力土建会社社長の私費による全額寄付で整備された、本館の付帯施設(テラスにその故の記載がされています)。旧水族館の実績を繋ぐ姿は少し不思議な形で次へと紡がれたようです。

そのような意味で少し不思議な感触を受けながら1階に降りると、迷路のような通路の先に置かれた、ちょっと寂しい生態と保護活動への寄与を紹介する展示ケースたち。

展示ケースへ通じる通路を折れ曲がると、ペンギンたちのプールを水中から眺める事が出来る、やや狭い回廊になっています。

水中をスムーズに上下にホバリングするマゼランペンギン(後ろ足で浮力のバランスを取っています)。

面積方向では狭くなった印象を受けますが、建屋2階分の深さが取られたため、彼らの泳ぐ姿から新たな発見が生まれる、新しいマゼランペンギンの展示スペース

群泳でのシーンを水中側から眺められるのはこの水族館の大きなポイント。

多数の飼育実績に裏打ちされた多頭飼育によるコロニー内の多様性を魅せる生態展示と、断面構成のレイアウトによって、これまで以上に彼らの様々な姿を見る事が出来るようです。

此処までで一周ですが、以前の展示と見比べながら、ちょっと悩みながらもう一周してみます。

(ご注意:一度1階まで下ってしまうと、エントランスまで戻らない限り、上の階に上るためには中央のエレベーターを利用する以外手段がないようです。1階エレベーター前は渋滞状態)。

イルカショーが始まる時間となったので、再びオーシャンビューとなる3階へ。敷地外とはいえ、視線の向こうに横たわる電線と電柱がとても残念。

ショーの開始直前、遊び道具であるブイを放すように担当飼育員の方が何度もゼスチャーを送っているのですがなかなか放してくれず、餌は使わず何とか引き剥がそうと奮闘する事数分、満員立ち見で膨れ上がったスタンドの皆様からも笑い声が聞こえてきていましたが…これも演技だったのかも。

ショーが終わった後。こちらのプールも大水槽同様に2層構造になっていて、2階のフロアーから水中が眺められるようになっています(降雪時の展示やショーにも対応するためのようです)。何故か目をつぶって仰向けになって泳いでいる事の多い2頭。

撮影しているとこちらに気が付いて、目を見開いて様子を伺ってくることもありました。

ショーの内容はご覧頂いて、という感じかと思います(入館料にはマリンショーの観覧料も含まれています。マリンショーは本館の運営母体である八景島で20年以上前に観て以来かも)。ただ近年の議論にかなり敏感になっているのでしょうか、パフォーマンスを優先するより、人とコミュニケーションを取れる彼らの知性の素晴らしさを訴え、ラストの演技では飼育員の方と一緒に水中で演技を行う事で、一緒に楽しんでいる、彼らは人のパートナーと成り得るというイメージを観客の方に持ってもらいたいというメッセージを感じる内容でした。

大水槽へ下るスロープの通路反対側の壁には小さな水槽が幾つも埋め込まれています。汽車窓形式の水槽は以前の水族館のイメージをそのまま伝える、日本海と日本の魚達を紹介する水槽群。トップバッターでメバルたちが出迎えてくれるのですが、どうしても視線の正面にある大水槽の揺れる水面と水中を往く群泳する魚達の姿の方へ行ってしまうようで、工夫を凝らした水槽にも足を止めてくれる方が少ないようです。

壁側の小さな水槽には、日本海を往く魚達として新たなテーマに加えられたアユやサケといった降海性を持つ魚達の稚魚も展示されていました(こちらはサケの稚魚、常時展示とはいかない筈ですが)。

以前の汽車窓水槽の姿。円柱レイアウトがそのまま大水槽を囲む通路の壁側にお引越ししたような感じです。

こういう渋い擬態展示、とても小さな水槽なのですが、結構好きです。

所謂「タコツボ」そのまんま。

多数ある小さな水槽のメンテナンスは大変だろうなと思いますが、開館からまだ1年足らずにも拘わらず、多数の水槽で縁の黒塗り塗装が剥がれ、所によっては漏水箇所から塩が吹き出すなど、ちょっと気になる施設状態です。

そして、以前は数少ない生態展示を見せてくれていたニッコウイワナの水槽。スペースは少し小さくなったようですが、淡水コーナーのメインとして水流を与えた形での展示が継続されていたのは嬉しかったです。

以前のニッコウイワナの水槽。水流に向かって泳ぐ習性がよく判る展示でした。

1階のピロティ前にある企画展示スペースには、現在話題となっている海洋ゴミ、マイクロプラスチックに関する啓蒙展示も行われていました(記者の方が取材に入っていたようです)。

やはり海を臨む事が大きな楽しみなのでしょうか。

県外ナンバー、特に長野、松本ナンバー(中には諏訪ナンバーも)が多くみられる駐車場を後にして、午後になって眩しい日射しが差し込んできた梅雨晴れの日本海。

吹き続ける強い潮風を受けつつ、波立つコバルトブルーの海の眩しさに暫し魅入りながら。

これまでの旧水族館が培ってきた飼育、繁殖活動の先に、最新の機能的な展示メソッドを与えて新たなアミューズメント施設として生まれ変わった、新・上越市立水族博物館「うみがたり」。

展示メソッドが進むほどに解説や説明へ意識を繋ぎ止めるのが難しくなるのかな等と考えつつ、水塊を強くイメージさせる暗い大水槽を巡るスロープの先に対を成す、日差し溢れる眩しいテラスのソファーで寛ぐ見学者の方々と、その向こうで寛ぐマゼランペンギン達の姿に色々と想いを重ねながら。

 

梅雨の狭間で、点描(2019.5.30~6.14)

雨のシーズンを迎えた八ヶ岳山麓。

今年は晴れている時は真夏のような暑さとなりますが、雨が降り出すと一転、とても寒い梅雨寒の日々が続きます。そんな日々の点描を。

晴れ渡った朝。田植えを終えた圃場に雪渓を残す甲斐駒と南アルプスの山並みが映り込みます(2019.5.30)

昼過ぎまで降り続いた冷たい雨が止んだ後。

雨上がりの澄んだ山の空気を通して、夕日が雲と圃場を照らし出していきます(2019.6.8)。

雨が止んで雲が開き始めた朝の圃場。

一年で一番日射しが強いこの季節、圃場と山の緑と青空のコントラストが一際、鮮やかになります(2019.6.11)

緑に染まる御射鹿池肌寒さで少し早く目が覚めた早朝。

ちょっと早起きで何時もの場所、奥蓼科、御射鹿池へ足を延ばします。

揺らめく湖面の向こうに広がる浅い緑に染まる落葉松林。日が差し込む前の一時。

徐々に日射しが差し込んできた湖畔。

レンゲツツジの蕾も大分膨らんできたようです。

暫くすると、湖面にも朝の日射しが差し込んできます。木々の緑が水面の緑へと映し返られていくようです。

山を下ると谷戸の圃場に眩しい朝日が映り込み始めます。

雨上がり、緑にむせぶ圃場の向こうには雲海を纏う八ヶ岳。

山裾に長々と雲海を纏う南アルプスと入笠山。

圃場の緑と青空のコントラストも眩しい朝。

八ヶ岳を望む蕎麦畑では早くも蕎麦の花が咲き始めています。

田植えがひと段落した八ヶ岳南麓、梅雨に入ると少しずつ蕎麦畑の準備も始まります(2019.6.13)

振替でお休みとなった金曜日の午後。

雲が出てきた八ヶ岳東麓を廻り込んで八千穂高原へ。

白樺林を覆うレンゲツツジの花が咲き始めています。

レンゲツツジの花はそろそろ見頃、群落毎に咲き誇る花たち。

緑の小路をゆっくりと歩いていきます。

大きなミズナラの木。何故か「ブナ子さん」という愛称が付けられています。

浅い午後の日射しと通して、周囲の木々と共に緑に染まる老木。

再び白樺林へ。

平日の午後、時折、雉の鳴き声だけが響くひっそりとした白樺林の中で精一杯に咲き誇るレンゲツツジ。

梅雨の合間に咲き誇る一瞬の華。

明日は大荒れの天候となる予報です。

麦秋の漣と富士山

嵐が過ぎ去った日曜日の昼下がり。

遠くに富士山を望む圃場に広がる麦の穂。

金色の麦秋八ヶ岳から冷たい強風が吹き下ろす中、穂を揺らす金色の麦秋を望んで(2019.6.16)

暑くなった新緑の日々(2019.5.22~25)

5月も終盤、初夏の心地の中、各地で田植えが進む八ヶ岳山麓ですが、昼と夜の寒暖が大きな今年、週末には真夏日寸前まで気温が上がるようになってきました。

雨上がりの朝、雲が取れはじめた南アルプスの山並みを映す圃場。緑が眩しくなってきました。

雲が晴れた夕暮れ、西の空に残る霞を焦がす残照が圃場を照らしています(2019.5.22)

暑くなった金曜日の昼下がり。

すっかりと緑が濃くなった桜並木の向こうに、雪渓が薄くなった甲斐駒が顔を覗かせています。

新緑の山裾を纏う甲斐駒。

強い日射しを浴びて雪渓と新緑がコントラストが眩しく輝きます(2019.5.24)

土曜日になって更に暑くなってきた昼下がり。

緑濃くなる麦たちも、眩しい日射しを受けて輝きます。

暑さに追い立てられるように高原へ。

野辺山の牧草地は心地よい風が吹いていますが、既に25℃を越えて夏日になっています。

牧草地帯を移動していくとヤマナシの木でしょうか、満開の花を咲かせています。

雪渓が薄くなってきた八ヶ岳東麓。標高1400mを越える山裾の落葉松林も新緑に染まり始めています。

牧草地帯を進んでいくと落葉松林が目の前に広がり始めます。

新緑の落葉松の向こうに頭を覗かせる八ヶ岳。

まだ若い落葉松の新緑たち。

落葉松林の脇を流れる沢。渓畔林も軽やかな新緑に染まり始めています。

沢筋を越えて再び牧草地帯へ。

落葉松林が連なる先に午後に日差しを浴びる八ヶ岳。

牧草地の隣に広がる高原野菜の畑はこれからの耕作シーズンに向けた準備の最中。真っ白なビニールの帯が雲一つない空の下に広がります。

眩しい日射しの下、ちょっと暑くなった午後の高原ですが、心地よい風が牧草地を吹き抜けていきます。

麓に降りる途中、緑濃くなる落葉松林で覆われる谷筋。

何時もより更に太陽の眩しさを感じさせる、暑くなった5月最後の週末の午後。

明日は更に暑くなる予報です。

 

 

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

今月の読本「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)第一人者が研究者達と共に綴るイネのこれまでと、お米のこれからを想う貴重なガイダンス

都会に住んでいると食事を摂る時にしか意識する事のない、お米。

でも、地方で暮らしていると、目の前に田んぼが広がる風景は比較的何処にでもある風景かも知れません。

普段の食事ではあまり意識する事のないお米の種類も、地元の方に分けて頂いたり、直売所で売っている珍しい品種のお米を炊いてみると驚きに巡り合うことも多々あります(武川の方に頂いた精米したてのコシヒカリや白州の方で買った農林48号は正に目から鱗、何の変哲もない電気炊飯器で炊いてもお米の味ってこれだけ違うのかと)。

お米の事が気になりだした時に何気なく古本屋さんで手に取った一冊。東海岸までの長距離フライトの間、ずっと読み続けてその内容に釘付けになった本の著者が編者として取り纏めた、正に読みたかった内容が詰まった一冊をご紹介します。

今回は「日本のイネ品種考」(佐藤洋一郎:編 臨川書店)のご紹介です。

編者の佐藤洋一郎先生は国立研究所に長く在籍された農学者。専門のイネの研究に留まらず、東アジアの食文化一般に関する多数の作品を著されています。

著者の研究テーマをフィールドワークを含めて一般の読者に向けて紹介する「イネの歴史」(京都大学学術出版会)に感銘を受けてから、イネやお米の品種、酒造の歴史に関する一般向けの本を見かけるとちょくちょく買い込んで読んでいたのですが、少し不満だったのが考古学や文献史学では極めて断片的なお米の扱われ方。特にイネの品種のお話になると、近代目前の亀ノ尾、神力、愛国の話とそれ以前のお話が断絶していて繋がって来ないというジレンマ。

我々の主食である日本のお米の歴史を俯瞰で捉えたいと願っていた中で刊行されたこの一冊。もちろん編者の方から多分「当たり」だろうと思って本屋さん(入れて頂きありがとうございます)で立ち読みを始めてすぐレジに向かったその本のテーマ一覧には正に欲しかった内容がずらりと並んでいました(歩きながら値段を観てギョッとなった事は…忘れましょう)。

4名の研究者の方による最先端の研究成果で栽培品種としてのイネの発生、渡来から現代の品種へと固定、特定の系統以外が淘汰されていく過程をそれぞれの専門分野で語る前半。編者の佐藤先生が書かれる総括としてのイネが品種として固定化されていく過程を専門の遺伝学的な見地と人の働きによって成された事実を綴る一篇に京都にある料理学校の先生とのお米を通した食に纏わる対談で構成される後半。

日本のお米と品種改良、お米と食事の関わりといった最も興味を持たれる方が多い部分に関しては、後半の佐藤先生が執筆を担当された部分だけ読まれれば充分なのかもしれません。しかしながら本書がとても貴重な点は、その一般論に入るために必要となる大事な前提を専門家の方が現在の研究水準で示してくれる点。

民俗学でも良く語られる赤米の伝播についても、その渡来から遺伝的形質の多様性、現代の品種とはちょっと意味が異なるようですが、品種化されて維持されてきた系統と、一方で田圃の畔に植えられて農家の身入りを陰となって助け続けた挙句、「白米」の等級を著しく悪くする「雑草イネ」と呼ばれて駆除される対象となってしまった系統(大唐米)も存在することを教えてくれます。

近世になって急に増えてきたように思えるイネの品種。実は考古学的な知見では籾サイズの標準偏差から近世と弥生時代で大して変わらないという結果を得る一方、膨大な木簡の調査から、既に奈良時代頃には全国的に通用する品種名が幾らか存在することを見出し、品種に地域性が存在し当時の歌でも詠まれている点には驚きを通り越して、地道な知見を積み上げていく考古学の実力をまざまざと見せつけられる気がしてきます(更には地方の国造層の旺盛な学習意欲の先に見る文書行政の浸透ぶり。こうなると何故平安初頭になると没落して負名層が浮かび上がって来るのかますます分らなくなるのですが…本書とはまた別のお話)。

そして、縄文時代に興味がある人間にとってはどうしても外せないイネの伝来と定着のストーリー。最近は日本人の起源のお話と重なるように(実際には時代が全然違いますが)、イネも南方から島伝いに伝来したという説が良く聞こえてきますが、大陸まで赴いてプラントオパールによるイネの伝播を追い続ける研究者の方は、やはり北方を経由して伝来したと考えた方が良いという見解を最新の知見を添えて紹介していきます。

個別の研究分野の中で語られるとそれだけで完結してしまうお話も、本書のような形でテーマを捉えて時代ごとに追っていくと徐々に輪郭が浮かび上がってくる。それぞれの内容はあくまでも詳細で緻密な著者達の研究成果のほんの一部をかいつまんで紹介しているに過ぎないかもしれませんが、むしろ私たちのような一読者にとっては、俯瞰で判り易く捉えるきっかけを与えてくれる内容になっているかと思います。

更に本書のテーマを色濃く伝える、イネから現代のお米へと繋がる橋渡しとしての、分子生物学が示すコシヒカリ一族へと繋がる道筋を辿り、その品種固定の過程を近代史の一ページとして織り込んでいく部分では、各地に残るコシヒカリの親たちの伝承に触れていきます。此処で特に嬉しかったのが宮沢賢治のエピソードを添えて頂いた点。どうしても詩人、文学者(最近ではxx等と言うお話まで)としての側面が強く出てしまいますが、本書では農業実務者としての賢治の言説を捉えており、それが現代の米作へ繋がる道筋を示している点に強く共感を持つところです。

考古学から分子生物学まで、1万年以上前の中国大陸にあったとされるイネから始まりこれから食卓に上るかもしれない新品種のお米まで。時代と空間を超越するイネとお米に関する貴重な内容に溢れる本書ですが、近年のお米復権(編者の認識はちょっと異なるようですが、実にコメ余りからコメ不足へ)とそれに連なる多彩な品種開発競争の華やかさとはちょっと距離を置いた発言が繰り返されます。

我々が普段食する「お米」としての品種の存在に隠れてしまう、栽培品種としての「イネ」に忍び寄る陰。

市場を圧倒的に支配するコシヒカリとその一族ですが、原種となるコシヒカリが誕生してから既に50年、もちろん品種登録された時の籾を今でも播種する訳ではない事は容易に理解できますが、固定化された筈の品種も実は種苗段階で「なるべく同じ形質」になるように人為的に制御され続ける事で、はじめて品種として維持されている点を指摘します。

極稀に聞く「品種がボケる」というニュアンスの言葉。東南アジア等の環境に合わせた雑多な品種の栽培を行う数多のフィールドを渡り歩いてきた編者は、そのボケすらも調整するのはまた人であるという認識の下で、イネの品種と言う微妙なバランスを作り出す育種の技術を称して育種家のセンス、芸術という言葉を用いて表現します。其処には遺伝子工学を含む科学的な手法による育種も、品種として固定化する時にはやはり人による主観が必要であるとの認識を添えていきます。

その上で、品種と呼ぶ以上は目的に応じた同一の形質を常に求められる栽培品種ではありますが、その元となる育種の為にはたとえ栽培品種であれ多様性が必要であり、多様性を失いかけている現在の「お米」品種、その味や香り、形質の画一化に強い危機感を著者達は示していきます(つい最近、コーヒーの栽培品種で同じような報告が出ていた事を思い出します)。

多彩な形質と特徴を有する「イネ」から我々が食す「お米」へ。日本のお米が辿った姿を研究者達のリレーで繋ぐ本書を読んでいくと、主食であり、ついこの間まで日本の農業の中核であったイネの豊かな実りの向こうには、先人たちが培ってきた、我々の生活にすぐ側にある様々な歴史がぎっしりと詰まっている事を実感させられます。

緑濃くなる新緑の中で(2019.5.17~19)

GWから暫くの時が過ぎて、日常が戻りつつある5月の中旬。

観光客の方もぐっと減った八ヶ岳山麓。新緑のシーズンも徐々に深まってきました。

里近くに広がる雑木林。雨上がりの林の中で躑躅の花が咲き始めています。

林の中に差し込む光に浮かび上がる躑躅の花。新緑の緑の中、朱色に染まる躑躅の群落が点々と広がります(2019.5.17)

雨は降らないまでも曇りがちで強い風が吹き続けた週末。

漸く日射しが戻ってきた日曜日の午後、落葉松林は新緑の色を濃くしていきます。

午後の日射しを浴びる落葉松と白樺の新緑。

少し、林の中に入ってみます。

緑が濃くなってきた落葉松と赤松が混じる森の中。

日当たりのよい落葉松林の緑はすっかり濃くなってきました。

広葉樹が混じる緑のトンネルを抜けていきます。

広葉樹と赤松がコントラストを作る午後の林の中。

鬱蒼とした林の中、でも新緑のシーズンは明るい日射しが差し込んできます。

軽やかな落葉松の緑も午後の日射しを林の中に通してくれます。

落葉松林の中で花を開く山桜。

迷路のように続く緑のトンネルを次々と抜けていきます。

午後の日射しの中、新緑に染まる落葉松林。

日射しが西に傾き始めると、林の中は新緑と影のコントラストが生まれ始めます。

緑と緑のコントラスト。明るい林の中、新緑の時だけに楽しめる輝き。

空高く雲が巻く、強い風が吹き続ける日曜日の夕暮れ。

田植えが進む圃場に綺麗に並ぶ苗を夕日が照らし出します。

天気は下り坂、そろそろ梅雨の走りを迎える八ヶ岳山麓です。