ちょっとマイナー中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

ちょっとマイナー中央構造線露頭は、ゲートの奥の素敵な小天地(中央構造線、板山露頭)

中央構造線沿いには、幾つかのジオパークが控えていますが、その最も判りやすいポイントとして挙げられ、色々な解説でも採り上げられるのが「露頭」ではないでしょうか。

有名な観光地になっている糸魚川は良く知られているところですし、かの大鹿村の某博物館界隈には、国道152号線沿いに(この場合は正しくは酷道と書くべきですね)2つの露頭が控えています。

それに比べるとちょっとマイナーなのが、伊那市内の旧高遠と旧長谷にある露頭。長谷(溝口露頭)に関しては、それでも美和湖の畔にあり、駐車場が完備されていますので、道の駅(ここの手作りパン、特にクロワッサンは絶品です)に寄る序にでも訪れる事が出来ますが、それらに比べると圧倒的にマイナーな露頭がもう一つあります。

杖突街道を杖突峠から高遠に抜けていく途中、もう少しで高遠という場所にあるガソリンスタンド(エネオス)を抜けたすぐ先に、このような看板が立っています(本当は、この先100m程の所にもっと立派な案内看板が立っているのですが、左折すると、短い区間ですがいきなりすれ違い絶対不可の1車線道路に連れ込まれるので、個人的には多少なりとも道幅のあるこちら側から入る方がお好みです)。

暫く走ると、このように案内看板が見えてきます。案内に従って路地に入ろうとすると…。

中央構造線、板山路頭のゲート前

何とゲートで封鎖されています。なにやらゲートに書かれているのでもう少し近寄ってみましょう(道幅狭いので、路駐せずに奥へ)。

「ご自由にお入りください」の表示です。ちょっとほっとして、ラッチを外して中に車を進めます(お願い:ゲートの掲示にも書かれていますように、お帰りの際には「必ず」ゲートのラッチを閉めて下さいますよう、お願い致します。ゲート付き進入可の林道と同じルールですね)。

ゲートを開けたら、チェーンを左右のポールに引っ掛けておけばOKです。ゲート奥の右手が駐車スペースになります。

駐車スペースに用意された周辺案内看板。露頭までは約80mと至近です。

では、てくてくと歩いてみましょう。

ほんの数分歩くと、このように案内看板が見えてきます。すでにこの位置からでも露頭の様子が判りますね。

立派な案内看板が用意された、中央構造線、板山露頭。今まで中央構造線の露頭は5カ所見てきましたが(南アルプスジオパーク内はこれでコンプリートです。あ、程野は麓を通過しただけだった)、一番丁寧に解説された看板ではないでしょうか。こういう看板が糸魚川にも”露頭の目の前”に欲しいのですが…。

北川露頭のような、頭上遥か高くから目の前に迫ってくる圧倒的な露頭ではありませんが、高さは3m弱、視線の正面で見られて、はっきりと判りやすい露頭です。

露頭のアプローチ路の途中で見られるのですが、左側の脆く崩れた岩肌には植生が見られますが、右側の黒い岩肌には植生があまり見られません(僅かに松が岩に食い込むように生えているだけです)。脆く風化しやすい地質では定着するのは本来難しいですが、根を張る事は出来るためにこのような違いが生まれるようです。

南アルプスジオパーク内にある4つの露頭のうち、板山以外の3つは露頭自体の見学が終わればジオサイトとしての見所としてはそこまでですが、板山露頭の場合には、もう二つ、お楽しみが用意されていました。

一旦、駐車場まで戻って、案内板に従って、左側の細い道(階段)を登っていきます。

急な斜面の墓地を抜けると、目の前の視界が開けてきます。正面には、戦後、高遠城内から移築されたと云われる鳥居が立っています。

鳥居を抜けてすぐ先に小さな石柱で区切られた広場が見えてきます。

広場に入ると、一気に視界が広がってきます。

正面には比較的最近に建てられた神楽殿。私の住んでいる場所もそうですが、この地方は神楽や農村歌舞伎(すぐお隣の大鹿はとくに有名ですね)の伝統が色濃く残っています。

神楽殿の裏手には、小奇麗な社殿が建っています。昭和23年にこの地に遷された、殿宮神社と呼ぶそうです。

そして、境内の裏手には、足元に杖突街道を見下ろすパノラマが広がります。

殿宮神社から見渡す、杖突街道と中央構造線の解説板。

解説板と同じカットを。杖突峠に向けてうねるように登っていく街道筋と中央構造線、そして左右の山並みの違いが判るでしょうか。

暫し周囲の山々の絶景を堪能した後で、今度は山側の遊歩道を降りていきます。

途中、眩しい新緑のトンネルを抜けていきます。

ぐるっと下っていくと、谷筋の窪地にレンゲツツジの群落が出来ています。

建てられた石柱を見ると、どうやら植樹したようです(三葉ツツジと彫られていますが、案内板にもあるようにレンゲツツジですね)。

下まで降りて、レンゲツツジの群落を。丁度シーズンを迎えて満開となっていました。

非常に綺麗に整備された中央構造線、板山露頭。要所に掲示されているように、南アルプスジオパークの登録に向けた一連の整備事業に依る所が大きいようです。

お天気の良い週末の土曜日、しかもレンゲツツジが見頃という絶好の訪問タイミングにも拘わらず、私が滞在していた小一時間ほどの間に訪れた方は残念ながらゼロ。国道沿いからこんなに近くて、しかも整備されて見やすい場所なのですが、なかなかに難しいジオパーク。杖突街道を見下ろせる貴重な高台に至るにしても、僅かに歩く事、5分ほどです。

高遠にお越しの際のほんのちょっとの寄り道として(実は桜のシーズンに、杖突峠側からの渋滞を避けて、逆サイドの美和湖側からアプローチするための抜け道だったりもします)、更にはこの先に繋がる”酷道”ツアーの付け合せに如何でしょうか。

<おまけ>

緑の中へ(2017.5.27)

雨上がり、風は強いながらも上々なお天気となった土曜日。

少しずつ冬物を片付けた後、陽射し一杯の午後に出掛けます。

午後の陽射しが差し込む明るい落葉松の人工林。

軽やかな緑が、森の中を染め上げます。

落葉松に囲まれて、黄緑色の新緑を装いう白樺の木。

緑の小路を進んでいきます。

緑に染まる、千代田湖の湖畔。テントを持ち込んで、ランチを楽しむ皆様が湖畔にちらほらと見られました。名物のレンゲツツジ開花はもう少し先。

緑に染まる森の中で包まれる昼下がり。

千代田湖の森を抜けて、谷筋を下ると、一番奥に位置する集落、松倉へ。田植えの済んだ新緑の棚田の向こうに杖突街道に下る谷筋が見えています。

緑の苗の間を抜ける漣。山里に広がる小さな海辺のワンシーン。

長く、長くなった日射しが西に傾く頃、綺麗に植えられた苗が広がる伊那谷のある小さな圃場にて。奥に広がる木々とのコントラストが楽しめるのも、このシーズンならでは。

5月らしい、気持ちの良い風が伊那路を抜けていきます。

 

 

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

今月の読本「キリスト教は役に立つか」(来住英俊 新潮選書)貴方に出逢う気付きを願って

何時もとはかなり毛色の違った一冊。

所謂、葬式檀家と言われる一群に属する私ですが、子供の頃から彼岸には両親の実家に当たる墓参を欠かさなかった母親に付き添い、その一方、やはり母親の影響で地元にあった小さな長老改革派教会の日曜学校にも僅かな年数ですが通い、(既に頭の片隅にしか残っていませんが)聖書も一通り読んでいたという、今時の日本人としてはマイナーな子供時代を過ごしていたせいでしょうか、神社仏閣や教会、自身は無くても信仰する宗教を持つという事に違和感を全く持たずに大人になったような気がします。

それでも、新井白石が好きな私にとって、キリスト教と信仰する方々はやはり彼岸の存在。歴史としての旧約聖書や新約聖書から繋がるローマ時代の歴史、絶大な影響力と特異な国家としての位置づけを今に至るまで保持するバチカン/ローマ法王(教皇)には強い興味があっても、その信仰に振り返ることは無かったと思います。

そんな中で手にした今回の一冊。この選書シリーズ特有の表題や帯の仰々しさはさておいて、ちょっと気になる「孤独」とキリスト教というテーマに惹かれて読んでみる事にしました。

今月の読本、「キリスト教は役に立つのか」(来住英俊 新潮選書)です。

前述のテーマにあるように、本書は神学書でもなければ、キリスト教の教義を綴った本でもありません。著者はローマカトリックの修道司祭(即ち独身です)ですが、社会人になった後に洗礼を受けて司祭への道を歩んでおり、その起点に於いては家族との大きな葛藤があった事も冒頭に述べられています。そのような葛藤を抱えながらキリスト者(この単語を全文で貫いていらっしゃいますので、それに従います)としての歩みを経る道程を振り返りながら綴られる本書は、著者の信仰への道をそのまま投影しているかのようです。社会的、文化的、歴史的にもキリスト教世界とはかけ離れた位置である日本に於いて、どのようにその道筋を綴れば良いのか。著者はその想いを二つのキーワードに込めて語りかけます、孤独と、それに寄り添う想いとしての神の存在。二つの間を繋ぐキリストという存在。信仰的に描くと強固な拒絶反応を示されるでしょうし、教義のお話や聖書の章句をいきなり並べるにも受容される環境が無い中で、精いっぱいのアプローチ方法として選んだ設定。全部で50の説話として綴られたその内容には、まるで中骨を抜いてしまったような印象を受けるかもしれませんが、要所にはしっかりとその想いが込められているようです。

冒頭から始まる、神の存在とそれに向き合うことの意味合い。願う事、悩みを告げる事、感じ、折り合う事。旧約聖書からの引用を用いて、そんな想いに意外なほどのユーモアを以て、人間臭く(すみません)応えて来たのかを示していきます。ただ、流石に三位一体については、これ以上はと述べて議論を避ける点について、日本人を相手にした場合にはどうにも解釈が苦しくなるのは、江戸時代も現在もあまり変わらないようです。その上で、プロテスタントとローマカトリックとの違いなのでしょうか、何に付けてもまずは肯定してみようという想い、あくまでも前向きに、大らかに包み込んでいく感覚を前面に示していきます(カルヴァンの予定説については微妙な表現を付与して本文で言及されますが、このおおらかなポジティブシンキングは少女パレアナにも繋がるような気がするので、プロテスタントだからその逆という考えは正しくないかもしれません)。その一方で、あくまでも修道司祭の方が書かれた物であり、そのおおらかさの揚げ足を取るような視点に対しては、突如として厳しい筆致で臨んでいる点も否定できません(第22節)。

ここまでは、あくまでもイメージに入る前の更に前段階。第2章からは具体的に信仰を身に着けるというイメージを考えていきます。第1章でイメージが湧かなかった方、感じるところが無かった方には苦しい内容になるでしょうし、イメージが湧いた方でもその位置づけ、考え方は容易に納得できるものではないかもしれません。特に自己との相対性を論じる部分は、相当の心根を持たなければ辿り着く事は出来ない領域に入っていると思います(著者自身も、ボーン・アゲインではなく、特に日本人にとってはゆっくりと、少しずつと述べています)。そんな中で一際目を惹いたのが第33節の部分。本書の核心と言える部分ではないでしょうか。本来であれば交わる事のない二人が暫し他愛もない事を語り合う。その他愛もない会話が生まれる事自体が、きっと始まりに繋がると強く暗示しているように思えます。何も自分の主義主張を振りかざす必要もなく、ひたすら聞き役に徹する必要もない。飲み屋の会話ではないですが、そんな些細な関わり合いの積み重ねがきっときっかけになると思えてならないのです。もしかしたら著者はそのような交わりのきっかけとなる場所としての、自身の教会を位置づけることを望んでいらっしゃるかもしれません(アメリカのメガチャーチには、説教以外の部分でそのような側面を強く感じます)。

その上で、3章に綴られた内容を読んでいくと、なるほどと理解に至る事が出来ます。著者が暗示するように、それを以てキリスト者に至る事は(特に日本では)叶わないかもしれません。しかしながら、人との関わり合いのスタートとして、そのきっかけとして、更にその先に見えてくる、紙の上に書かれた事、頭の中で考えを巡らせた事ではなく、確かな手応えとしての「共に生きること」へのアプローチとして、キリスト者である著者が語りかけてくる内容はきっと何かの気付きを与えてくれるはずです。

その上で、著者が伝えたいと願う気づきの先は、帯に付されたように、これらの想いと交わる事が無い、孤独の中に生き、自らの内にひたすら埋没していく人々への想いへと繋がっていくように思えます。やるせない想いを一人抱え込んでいる人が求める渇望感と、その空虚さの間にも神の存在と、それを繋ぐであろうキリストという存在があるという事と伝えたいという著者の想い。もしかしたら、そのような想いを抱き続けている方は本書を手に取る方々と対極に位置しているのかもしれませんが、その想いを届ける事は出来るでしょうか。

本書を読んでいて思い出した一冊『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(斎藤環 ちくま文庫)。本書の終章で語られる、最も親密な関係としての人生のパートナーの大切さを語る部分以外において、驚くほどの相似性を見出す事が出来ます。すなわち、自分にとって安心できる状態を得る事が自己の確立にとって極めて大切だという事をどちらも指摘しようとしています(自我の確立と相対化)。その上で、本書に於いては無限大の相対化である神を相手として、その間を取り持つイエスと共に歩むという形を一つの解決策として示しているように思えますし、両書共にその先に人と交わり続ける事の困難さを克服する為に必要な道筋を述べているように思えます(ぼっちの私には、どちらも耳の痛い話が満載、なおかつ正論なので苦痛の極みではあるのですが)。

新緑の八千穂高原と咲き始めたトウゴクミツバツツジ(2017.5.21)

晴天に恵まれた週末。

少し暑すぎるんじゃないのとのお話もありますが、恵みの日射しをたっぷり受けて、山は新緑に包まれます。

午後の陽射しを浴びる牧草地の向こうに裾野を広げる八ヶ岳。

今年は雪をたっぷりと残しています。昼を迎えて、気温25度と季節が一つ先に進んでしまったかのような夏日になった野辺山。八ヶ岳の上空にはうっすらと雲が湧き始めています。

海ノ口別荘地のエントランスも初夏の装い。落葉松もすっかり緑が濃くなってきました。

東にぐるっと廻り込んで、八千穂高原へ。八千穂レイクの周囲も新緑に包まれています。

駐車場の周りでは、トウゴクミツバツツジが早くも花を開き始めています。

まだ咲き始めのトウゴクミツバツツジ。周囲の木々も漸く花芽が付き始めた状態で、例の「高原の女王」はまだ蕾も硬いまま。月末頃には花を開き始めるはずです。

 

白樺も新緑の葉を広げつつあります。

足元にはゼンマイでしょうか。高原はまだまだ春を過ぎた辺り。

足元にはもうひとつ、可愛らしい落葉松の幼木。雪にも、冬の寒さにも負けず、少しずつ背を伸ばしていきます。

東の空には沸き立つ入道雲。風は初夏の心地です。

午後の陽射しをいっぱいに浴びる白樺林。八千穂高原の大好きなシーン。

緑の小路が林の中を縦横に抜ける八千穂高原。気に入った小路を見つけては、ゆっくりを歩んでいきます。

白樺の林に繋がる落葉松林の新緑に暫し浸りながら歩く、午後。

大きく育った入道雲が迫る空。この後、麦草峠を越えると暫しの通り雨となりました。

雨の上がった奥蓼科、御射鹿池。

新緑の若葉に包まれた夕暮れに、水鏡が浮かび上がります。少し先走り気味の空模様を追うように、季節は新緑から梅雨へと進んでいきます。

 

今月の読本「外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)生物多様性の対極にある西の島国から発する、人が為す意味付けの反意

今月の読本「外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)生物多様性の対極にある西の島国から発する、人が為す意味付けの反意

最近特に話題となる事が多い、この単語。

我々の日常生活でも、気に掛けるシーンが随分あるかもしれません。

そのようなきっかけ、気づきを得た場合、我々が感じる感覚、感触が複数の人々の間で奇妙に同期したとき、大きなムーブメントとなって社会や行政が大きく動き出す時があります。特にネット社会と叫ばれるようになった昨今、そのようなムーブメントが巨大な力を得た時、言語的、物理的な暴力となって、制止出来ない暴走に繋がる事すらあります。

そんな時、複数の見解、カウンターとなる見解を持ち得る事は、物事を客観的に判断する際に特に大切な事。たとえ反対意見であっても、傾聴に値することには真摯に向き合う必要がある筈です。奔流の如く流れ込んでくる情報を捉える時に重要なのは、即断せずにより良く多く読む事。依然豊かな出版環境に恵まれた極東の島国には、多くの出版社と優れた翻訳者の方々が存在する事で、世界中の知識を母国語で触れられるチャンスがたくさん存在しています。

今月の読本は、そんな時にカウンター的な見解を大上段に掲げて論争を挑んだ、ある英国の植物学者が2冊目として上梓した、イギリス人らしい、物事を見る、考える側面を痛烈に突く一冊のご紹介です。

外来種のウソ・ホントを科学する」(原題:Where Do Camels Belong? ケン・トムソン:著 屋代通子:訳 築地書館)です。

邦訳題名より、よほど原題の方がその内容を痛烈に表しているようです(邦訳:ラクダは何処から来たか。答えは北米原産で、自然繁殖しているのはオーストラリアのみです)。

本書は、2011年に雑誌「ネーチャー」に掲載された論文「生物を出生地で裁くなかれ」を執筆した18人の共同研究者を代表して、英国シェフィールド大学で教鞭を執る著者が、一般向けにその趣旨を、敢えて対抗する議論へぶつける形で執筆した物です(なお、前述の論文を発表した直後、実に141人の研究者が連名で反論の書簡を発表したそうです)。イギリス人らしいウィットと厳しいジョークが最大限に似合うであろうテーマ構成、文体がこれでもかと続く本書を読み抜くには、そのページ数を含めて(本文288ページ)、ナイーブでせっかちな、更に読書時間も限られている日本人にとって、たとえ手に取ったとしても読み抜くにはかなりハードルが高い一冊かもしれません(訳書であるという点も加味すれば尚更)。更に、読者がこのテーマに期待する何らかの結論について本書は一切語ってくれないどころか、その期待する結論なるものを読者が安易に持たない事を著者は切実に望んでいます。

ではなぜ、このような暴論を企てるような一冊を送り出したのか(正確には2冊目)。それは著者の経歴を考えると良く判ります。著者の専門は植物学で趣味はガーデニング。良く知られているように、徹底的な環境の人為改変が進んだため、世界で最も在来種が少ないとされる(約1500種、高尾山の一つでそれを遥かに上回るとよく比較されます)島国、英国。その反動として、自然保護政策や在来種管理では世界的に最も進んだ政策を展開しており、更にはそれらに携わる研究者の数も他国を圧倒しています。そのような環境で教鞭を執り、庭園を愛する著者があらゆる事例を通して述べていく事、それは所謂外来種による影響と言われる一連の研究結果やデータ、マスコミ等で伝えられる報道の大部分が、アイコンとしての外来種に囚われ、短絡的に着目しすぎているという点を明確にするためです。

まず、著者は外来種に対する最もインパクトのある活動である駆除について、孤島やサッカー場程度の面積までであれば効果があると認めますが、それ以上の範囲に広がった外来種を駆除することは現実的にも経済的にも不可能であると述べていきます(それ以上の範囲で行った駆除効果と環境変化とを分離して評価する事は出来ないと)。更に、人為的な駆除の限界を悟った場合に導入される外敵の導入による撲滅についても、単純な確率計算上の結論同様に、導入した場合の16%については定着に成功する可能性があるが、その場合でも撲滅は出来ず、せいぜい共存する程度であると明確に突き放します。つまり、一度入ってきた外来種を人為的に駆逐することはほぼ不可能であると看破します(それでも膨大な資金と安全性評価の時間を投じて、日本から外敵種の導入を図る実験を進めている例を紹介します)。

一方で、その侵入から定着についての視点も明確に述べており、大英帝国時代に世界中にまき散らしたヨーロッパの動植物の導入記録(従って、年号まで確定できてしまう。ヨーロッパ内での移植種でも同じ)から、100個体未満であれば定着がおぼつかない一方、それを越えると、適当な環境が存在すれば確実に定着が進むと指摘します。また、導入を伴わない侵入の場合、その種の遺伝的多様性は極めて貧弱であり、適応出来た場合は一気に増加する一方、何らかの阻害要因が生じた場合には一気に減少に転じるという、増加と減少の特異性(中にはナミテントウのように、パージングという小個体群特有の超越法を具えている例も)が付きまとう点も指摘していきます。

これらの動物、植物学的な定着/放散過程について、専門家としての明確な視点を与えていく一方、本書はより根源的な外来種の問題点を指摘します。

それは、外来種と枠組み付ける物が何処まで行っても「人為的」選択の結果である事。在来か外来かの定義は全く以て後天的(イギリスの場合は15世紀以降、アメリカは物凄く判りやすく、コロンブスの「発見」1492年で線を引く。日本ならさしずめ、ペリー来航でしょうか)であり、生物学的な論拠とは言えない点。在来種より目立つ事、その特性として一気に増えるために目立つ事、自国原産、「在来」種というその地に住む人々の感性で容易に変化する枠組みである事。経済性を阻害する種である事(これは雑草や、漁獲、養殖を阻害する種であれば、在来種ですら容易に外来種と曖昧になる)。それが、人為的導入種であれば、その益害(当初の想定を逆転して害が上回ると判断された場合は更に)によって簡単に逆転してしまう事を示していきます。

更には、これらの外来種の在来種への影響について、多くの事例から生物多様性との相反に基づき、2項対立で評価を行う多くの外来種の影響評価には誤りがあり、環境系全体で俯瞰した場合、外来種が他の種類の植生を圧倒するのは一時的であり、その後の植生は多くの場合、外来種が侵入する前より豊かになる(特に外来種が侵入する様な脆弱な環境では)点を採り上げて、外来種の問題も、逆の立場となる在来種の場合でも、その種を用いたスケープゴートとして祭り上げている点に強く警鐘を鳴らしていきます。この議論を推し進めた先に、過去に環境が殆ど人為的に改変された英国らしく、在来種が本当に絶滅の危機に瀕しているのであれば、それが地球環境の変化によって生じる大きな変化の過程で生じていると判断できるのであれば、現在の生息場所に拘らず生息可能な場所へ人為的に移植することを否定してはならないと、その適用可能性の例までも示します。

著者は『沈黙の春』やダーウィニズムを採り上げて、それらに逆行する様な外来種を魔女狩りのように駆逐するために膨大な資金と労力を投じ、人為的な区分によって作られた在来種だけを囲い込むように保護する活動や、それらに対して学術的に不均等な示唆を与える事に対して、リンネ、ダーウィン以降が積み上げてきた自然科学に対する逆行だと強く非難し、我々は外来種の侵入を予測制御できる「聖杯」などを手にする事は出来ず、生態学に過剰な期待を持つことを止めてほしいと、研究者への過大な期待を持たれる事すらも拒否します。

あらゆる事を拒否してしまう本書。では、著者の本当の想いは何処にあるのでしょうか。

それは、要所要所に伏せられていますが、かつて世界を蹂躙した英国人だから立ち得る境地。外来種がはびこる場所、外来種が辿るルート、そして外来種を駆除しようとする場所。全てに於いて、其処に人の存在が介在している点です。ネイティブアメリカンが入植者たちが通った道筋を称して「白人の足」と呼んだように、ミツバチを「イギリスの羽虫」と呼んだように。人によってもたらされた自然の改変を、果たして人が御し得るのか。それが如何に難しい事かは多くの事例が示していますし、本書に於いても外来種の駆除の殆どが無駄に終わる点を明確に示していきます。その一方で、本書の原著題名に示されるように、著者が指摘するように、古生物学における知見から行けば、人が有する時間軸が変化として捉えている事象はスナップショットに過ぎず、環境の激変と捉えられる事象も、捉えらた時点における過程の微分を述べているに過ぎません。森林更新に極相がある一方、極相自体も時に一斉に更新される事は既に指摘されており、そのスタート時点において最も優勢なのは、外来種や在来種という枠組みではなく、極限的な環境に適応した先駆種であるに過ぎません(これは山の崩落地に落葉松がしがみ付く様にヒョロヒョロと育っている様子を見た事があれば、容易に理解できるはず)。そのような人為的な環境破壊を含む極限的な環境、更には農地やコンクリートで固めた護岸など限定的な環境に、人と一緒に(靴や衣服、作物種子を媒介に)渡ってきた外来種が優先して優勢となるのは当然であり、これを以て外来種が悪で、在来種が正であるという2元論は稚拙であるという点を、しっかり理解して欲しいという想い。

人がその営為を為す限り、その活動に付いてくる外来種の放散は決して止まらず、一度侵入した外来種はその環境の中で多様性の一翼として調律されるまでは、人為的な放伐はほぼ無力である事を明白に示し、その上で、過剰な発言や偏向、無意味な対策への浪費に対して、例え研究者が相手であっても、厳しい警鐘を鳴らす本書。

著者が願う、外来種の問題をより深く議論するテーブルに着くためには、イギリスの皮肉たっぷりに、黄金の時代にしがみ付いたと称する、時代が造ってきた時計の針を逆戻りさせるのではなく、もう一つの得意である、スコッチのようにじっくりと時をかけて、まだまだ数多くの議論と検証を闘わせ続けなければならないようです。

誰もがその議論に振り回されないよう、しっかりとした足腰を鍛えるための一冊として。

 

<おまけ>

本書に関連する書籍をご紹介します。

一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

一時休館を迎えた上越市立水族博物館を訪ねて(2017.5.14)

今を遡る事10数年前。

国内業務に戻った後、最初に主担当として受け持った顧客先が立地していたその地には、幾度となく足を運んだものでした。

目の前には燦々と太陽が降り注ぐ見慣れた太平洋と異なり、何処までも深く濃い群青が広がる日本海の海と空をバックに佇む、少し古びたその水族館の前を通るたびに、何れは仕事を忘れてじっくりと訪ねてみたいと、厳しい仕事の僅かな隙間に幾度となく願ったものでした。

その後、自らの立場も住む場所も変わり、かの地に行く事自体が憚られるようになってからも、あの時の想いは心のどこかで燻っていたようです。ニュースで流れていた指定管理者制度の導入と新水族館の建築。そしてあの時、強い印象を残した現水族館の解体という知らせを聞いて、休館前の最後の日に、再び足を運ぶことにしました。

実に13年ぶりに訪れた直江津の海辺に立地する、上越市立水族博物館。

最終日となった5/14には記念式典が催される事になっているようです。

外装は2010年に魚が群有する陶器のパネルを取り付けるなど改装されていますが、本館は1980年に建築された、最近の水族館ブームから見れば、かなり古い施設と言えるかもしれません。

玄関に掲示された休館のお知らせパネル。

ロビーに置かれた、直江津港で採集されたヤシの実と古い新聞記事。

既に2015年からは指定管理者として横浜八景島が運営しており、職員の皆様の垢抜けた対応と、古びたエントランスに置かれたこの水槽のギャップが、今回の休館理由を何となく教えてくれるようです。

館内に掲示された休館を伝えるポスターと水族館新聞。殊更にキャプションされる指定管理者の名称に若干の違和感を感じながら。では、館内に入ってみましょう。

エントランスを入って最初のフロアーに位置する「トロピカルランド」。

1980年のオープン当初はメインとなる水槽であったはずですが、現在の視点で見ると奥行きもなく、照明の色合いを含めて少々古めかしい雰囲気も漂います。

この水槽でメインを張るイトマキエイ。奥行きが無い(岩の後ろにはすぐ壁が見えています)のでちょっと窮屈そうですが、それでも薄暗いフロアーに浮かび上がる、開館当時の流行に添ったパノラマ水槽は、今見ても魅力的です。

トロピカルランドの裏側には、「世界の海のさかなたち」と題された水槽群が熱帯、温帯、寒帯の3フロアに控えています。

当時一般的であった(江ノ島も、下田、油壺にしてもそうでした)、汽車窓スタイルの小さな水槽が真っ暗な壁を埋める展示形態。既に作動しなくなっている例も多い筈ですが、こちらの水族館はちゃんと水槽Noと飼育魚種の表示パネルも動作している点が、古びてはいても、実に丁寧に扱われてきた事を教えてくれます。

こちらは温帯の水槽群。

それぞれが今では家庭用レベル(趣味の方なら尚更)でもあるかもしれないサイズの水槽ですが、飼育魚数がかなり多いので、窮屈を通り過ぎで、よくぞ飼育できているなと、逆に感心してしまう程です。少数の大水槽より、このような小さな水槽を多数管理する方が、余程手間が掛かるのではないでしょうか。

こちらが寒帯の水槽群。前の2つのフロアーに対して、流石に日本海をテーマにした水族館らしく、やや大きめの水槽を配置しています。センターに位置するのはもちろん、カニです。

汽車窓スタイルの水槽が並ぶ中で、ほんの僅かでも生態展示をとの想いからでしょうか、フロアの終わりに設置されたニッコウイワナとアメマスの水槽だけは、照明も明るく、水流を与える事で、流れに逆らって群泳する彼らの姿を見る事が出来ました。

実を言いますと、開館当時の水族館フロアはここで終わり。よくある地方の動物園などに併設された水族館の規模をちょっと上回る程度でしょうか。

階段を上って2階に上がると、特等席に位置するのが、重要文化財でもある、地引網に使われた「どぶね」。その向かいには古びたマルチスクリーンシアターが設置されています。そして、一部で話題にもなっていた、懐かしい科学実験遊具が並ぶコーナーと、如何にもという感じの休憩室と売店。下のフロアーに勤務されている方々と明らかに異なる職員の方が切り盛りするそのフロアーは、施設名にあるもう一つの表題である「市立博物館」である事を色濃く滲ませています。

少し気を取り直して、デッキに出ると、心地よい海風が吹き抜けています。

足元には、ペンギンプールが広がっています。

屋上デッキから望む日本海と、建屋の外に設置された収容200人ほどの屋根付きスタンドを有するマリンスタジアム。夏場になると提携水族館からイルカと飼育員が派遣されて、イルカショーが行われていました。今日の休館式典の会場でもあります。

屋外プールの全景。実はこれらのプールは開館してから大分経った1993年に増設されたもの。

ここに、本水族館が長い議論の末に、(結果的には北陸新幹線の開通に間に合わなかったものの)新たな施設へと飛躍することになるきっかけとなった、飼育されている動物達がいるのです。

昼下がりの陽射しを一杯に受けてエメラルドグリーンに輝くペンギンプール。

幅にすれば僅かに10m程に過ぎませんが、このプールと、そしてここで飼育されているマゼランペンギンたちこそが、この水族館を日本海有数、いや日本のみならず世界的にも著名な水族館としての名声を得るきっかけとなった舞台なのです。

水槽の中を生きよい良く泳ぎ回るマゼランペンギンたち。

この水族館は日本最大、実に126羽ものマゼランペンギンを飼育しており、多くの仲間たちを日本中の水族館に旅出させている、世界的にも傑出したペンギンの飼育技量を有する水族館なのです。

では、飼育熱心だからお堅い場所かと思えば全く逆で、一日何度か実施されるお食事タイムには希望者全員(全員ですよ、全員!)がこんな目の前のデッキから直接ペンギンに餌を与えられる(ケンカになるから、手渡しではなくちょっと投げて下さいね、と)という、流石は市営というフレンドリーさも兼ね備えている点が、この水族館の実に素晴らしい点ではないでしょか。

狭いスペースながらも多くのペンギンが飼育されている事で、これだけの群泳を目の前で堪能出来る(シャッターチャンスもそれこそ幾らでも、後は腕の問題…)貴重な空間。もちろん、群れで暮らす彼らにとっても、飼育環境以外はより自然な姿の筈です。

 

休館前の最後のショーが終わった後、まだまだ食欲旺盛なペンギンたちが餌に群がる中、摂食の様子を観察しながらフリッパーに付けられたNoのカウントを取っていく飼育員さんたち。このような地道な積み重ねが、日本最大の飼育数の実績を支えているのだと実感しながら(見学デッキで、元飼育員さん?だったのでしょうか、以前の事を良くご存知の方が関係者の方とフリッパーのNoを指しながら談笑されていたのが印象的でした)。

マリンスタジアムに設けられた休館記念式典会場に掲げられた横断幕。

休館を聞いて駆け付けた多くの来館者で満員立ち見となったスタンドに手作り感溢れる休館式典と対照的な、来賓者の皆様の微妙さを通り越した挨拶については、ここで述べるのは止めておきます。

式典が終わって再び館内に戻ると、最後のショーが各所で始まっていました。

円筒形の本館部分に接続する形で設置されている「マリンジャンボ」こちらも、屋外のプール同様にバブル崩壊直後の1993年に増設されたもの。餌の周りに遊泳しているのはアジなのですが、まるで熱帯水槽のようなコバルトブルーと黄色系の照明が、魚たちの色を熱帯魚のように見せており、微妙な印象を与えます。

エスカレーターが設置され、フロア2層分を貫く、全方向から見る事が出来る大きな回遊式水槽「マリンジャンボ」。地方の市営水族館としては当時としても破格の設備だったと思われます。そして、熱帯水槽を思わせる照明とショーのスタイルを持ち込んだのは、現在の指定管理者である横浜八景島(この点は、資料でも、前述の来賓発言でもきっちり述べられています。ちなみに、元の照明はパンフレットの写真に掲載されています)。今回の休館により取り壊されてしまうという、当時日本最大の板厚を誇るアクリル板を用いた大水槽。実はこの水槽が設置された年が、奇しくも八景島シーパラダイスのオープンと同年であると聞くと、最後に挨拶に立った、八景島から派遣されてきた現在の館長の言葉が皮肉にも聞こえてくるのは私だけでしょうか。

そして、休館1時間前となる午後4時。びっしりと人で埋まったメインロビーの壁面を彩る、民営から数えて80数年、5代目となるこの施設が開館してから37年間メインを張ってきた円弧型水槽「トロピカルランド」で、全施設を通しての最後のショーが終わりました。

遠く妙高を望む海辺の水族館。

隣では、新しい水族館の建屋建設の真っ最中です。6月頃までにはオープンとなる予定だそうです。

休館記念式典に参加した全員に配られた、この水族館を象徴するマゼランペンギンの羽が織り込まれたしおりと、館内の片隅に静かに置かれていた(式典でも配られていましたが)、こちらも指定管理者とは程遠い、市の推進部署が制作した、手作り感溢れる、カラープリンター印刷のこれまでの歩みと、来年度の完成告知パンフレット。

新しい施設のパンフレットを見ると、これまでのアットホームな雰囲気とは異なり、最先端の展示メソッドをふんだんに盛り込んだ、通年実施可能なマリンショーを軸に置いた、美しいギャラリーのような施設になるようです。なにやら敷居が高くなりそうですが、それでも、これまで待望して止まなかった、「展示数でも日本一を目指す」マゼランペンギンの生態展示が同時に実現することは、水族館が好きな方にとっても、其処に暮らす彼らにとっても望ましい事。

駐車場に戻ると、案内看板を片付けるスタッフジャンパーを着た方々が撤収作業を始めていましたが、そこには明らかに水族館のフロアーに居たスタッフや飼育員とは年齢層の異なる方々が。2階のフロアにいらっしゃった職員の方を含めて、次のオープンの際にはどのようになされているのだろうかなどと考えながら。

水族館を取り巻く環境が激変する中、多くの個性的な水族館が林立する日本海、そして新潟エリアに於いて、それこそ日本だけではなく世界に誇る美しくも「育てる水族館」として、これまで培ってきた実績の先に新たなスタートを切る事を願いつつ、長年の想いを果たして、夕暮れ前の日本海を後にしました。

 

静かなGWの一コマを、最終日の夕暮れに美ヶ原と霧ヶ峰(2017.5.7)

お天気が不安定だったGW後半。

日曜日の今日も、南アルプスは日射しはあれど雲が多めで残念と諦めかけていた午後、窓を開けて北の空を眺めると、なんと雲が無い。慌てて夕暮れ迫る山並みへと車を走らせます。

車を走らせること暫し、流石に連休最終日とあって通行量もめっきり少なくなったビーナスラインのどん詰まり、美ヶ原の入口、山本小屋の駐車場まで一気に登ります。

日影に当たる場所にはまだ雪が残る美ヶ原。車を降りると、冷たい風が草原を吹き抜けていきます。

遠く蓼科山と南八ヶ岳の峰々が裾野を広げます。東の空には月が上がってきています。

気温は10度を下回り、時折強い風が吹く美ヶ原。上着なしではちょっと危ない状況なので、程々にしながら草原の遊歩道を歩きます。

殆ど人影のない遊歩道を行くと、眩しい西日を浴びる主峰、王ヶ頭の電波塔群と美しの塔が見えてきます。

西日を浴びる東の空には大きな雲が広がります。空の向こうに連れて行ってくれそうな眺め。美ヶ原のハイライトは朝や日中より西日の時間帯なのではないかと、来る度に思うシーンです。

美しの塔の前まで来ました。夕日を狙ってスタンバイしている方もいらっしゃいましたが、上着も持ってこなかった大馬鹿者は此処で撤退。視界の中に人影はほんの数人。折り返しで美術館側にも行ってみましたが、広大な収容800台の駐車場に止まる車は僅かに2,3台(自分含む)。ピーク時には満車となってしまう事もありますが、最終日の夕暮れ時にはひっそりと静まり返っていました。

既に薄暗くなり始めたビーナスラインの東側から和田峠の鞍部を越えて西側に抜けると、一気に夕日が眩しく差し込んできます。

西日を一杯に浴びる霧ヶ峰、高く上った月が西日に照らされて輝いています。

遠くに望む八ヶ岳の上空には、その長い山体に添うように南北に太々とした雲が伸びています。これじゃ周辺の天気が良くなっても、山麓では気が付けない訳です。

そうこうしているうちに、日射しがゆっくりと西の山並みに沈み始めます。夕日が眩しかった草原も谷筋から徐々に暗闇に落ちていきます。

日没。空が昼と夜の境界を渡っていきます。

雲が微妙に山筋で割れたために、再び日差しが差し込んできました。

空は黄砂の影響でしょうか、黄色く霞んでいます。

再び日差しは雲間に沈んでいきます。

もう殆ど人の居ないGW最終日の日没を迎えた霧ヶ峰。

皆様はどんなGWをお過ごしになられたでしょうか。