今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)諦めかけた心に響く「ことば」へ込めた想いは今も

今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)諦めかけた心に響く「ことば」へ込めた想いは今も

夜の帳が早くなり、ぐっと冷え込んできた年末。

自宅でほっこりとする時間が長くなるこのシーズン、そんな人たちへ向けて各出版社さんからは続々と新刊が本屋さんに送り出されています。

魅力的な新刊がずらりと並ぶ書棚から手に取った、今年の本屋大賞で最終選考にノミネートされた「桜風堂ものがたり」(PHP研究所)の著者、村山早紀さんが15年以上前に連作されていた作品を文庫として収蔵した一冊をご紹介します。

今月の読本「アカネヒメ物語」(村山早紀 徳間文庫)のご紹介です。

著者の村山早紀さんは、wiki等でご覧頂ければ判りますように、児童文学からキャリアをスタートされた方。本屋大賞への入選で、その名前や作品が多く紹介されるようになりましたが、一般向けの作品群の中で最も良く知られているであろう「コンビニたそがれ堂」(ポプラ社)シリーズ以前は、児童文学に主軸を置かれて執筆活動をされていました(コンビニたそがれ堂も、著名なアニメーター、名倉靖博さん装丁による初版は児童向けです)。

今回文庫に収蔵された作品も、原著は岩崎書店から児童文学のシリーズとして刊行されたもので、初回の刊行は2001年と今から16年前。その後も刊行を続けて2005年に完結したシリーズに、今回新たなエピソードを追加して一冊に収めたものです。

著者が児童文学者として最も充実していたとあとがきで述べている時代の作品。各版元さんも積極的に推される、所謂「癒し系」と評される現在の著者の作品群から入った方(私も)にはちょっと異色に感じられる作品かもしれません。

比較的ハードな作品も多い徳間文庫としては異例ともいえる、児童文学特有の綴りで主人公である「はるひ」の一人称で語られる冒頭。この手の文体が苦手な方には、字面を追っているだけでこそばゆくなってしまうかもしれませんが、そこは暫し堪えて読み進めて頂きたいところです(章を追うごとに徐々に大人びた口語体に変わっていくのは、著者の意図なのか、その後の執筆活動の影響なのかは判りかねますが、途中に挿入された描き下ろしのエピソードは、ちょっと「おとな」ですね)。

小学校4年生に上がる春に風早の街に引っ越してきた主人公である「はるひ」と、その街にある公園の桜に宿る小さな神様である「アカネヒメ」との出会いから始まる物語は、神様と人外の者たちが見える少女の交流から物語を拓いていくという、児童文学らしい、著者が得意とするファンタジー色が一際に強い作品ですが、暫く読んでいくとある点に気が付くはずです。

著者が描く物語の世界に共通の旋律。それは児童文学がベースであっても、大人の読者に向けた作品であっても不変であるという事。

一見すると可愛らしいファンタジーに見える作品ですが、綴られる全ての物語には共通したテーマが見えてきます。それは、著者の多くの作品で見られる「魔法」であったり、「特別な能力」や、たとえ神様の「奇跡」であっても、その力自身が全てを解決してくれることは決してなく、あくまでも物語の駆動力、ストーリーに添えられる「シーン」に過ぎません。更には、その力は、主人公を始め登場する人々が抱える、「諦め」や「滞った想い」を辿り、向き合った先に初めて導き出され、描き出される点でしょうか。

想いを抱え続けるのは主人公である「はるひ」や家族、登場する人々(登場人物たちのバックボーンは、他の作品をお読みの方であれば、おやっと思われるでしょうか)、神様である「アカネヒメ」も例外ではありません。そして、著者が物語に添える魔法や登場する「人々」は、その想いを解き放つためのエッセンスとして描かれますが、著者が描きたいと願っているのは、その前段階、想いに応えてあげる「ことば」で伝える事への、飽くなき希求のように思えます。

ちょっとした寂しさと好奇心の先に出逢った、「アカネヒメ」に諭されて物語の輪を動かし始める「はるひ」。道端でチョークで絵を描くパフォーマンスを続けながら絵描きへの夢を追う「青空」さんと、友達とけんかをしてしまった「はるひ」は、お互い同士の抱えている思いを分かち合う事で、物語全体を覆う想いが動き始める。小さな神様である「アカメヒメ」の本当の寂しさを知った「はるひ」は、偶然の力を借りて、その想いに応えようと動き出す。

二人から始まった物語は、風早の街に暮らす人々をも巻き込みながら、お互いに伝えられない想いを「ことば」へと変えていきます。若かりし頃に取り残された演出家と女優のすれ違う想い、それを十字架のように背負い続ける娘は、残された想いの力を背に受けて、前へと歩き出す。そして再び、「アカネヒメ」と「はるひ」はお互いの想いを「ことば」に込めて。

第二節「夢見る木馬」で著者は夢が破れそうになった登場人物に、こんな風に語らせます。

<引用ここから>

「世界にはきれいなものがたくさんある。それを、その美しさに気づかない人たちに教えてあげていたら、いつかみんな、世界には壊してはいけないものがたくさんあるんだって、気づかないだろうか?

<引用ここまで>

語りかける事で心が開き、秘めた想いが紡ぎ出され、言葉へと昇華する時、詩編を伴いながら、物語は終わりの時を告げていきます。「ことば」に込めたふたりの想いは、時を越えて、また。

その後に生み出された著者の多くの作品に共通するメッセージとストーリーエッセンスがそっと包み込まれた小さな作品たち。児童文学時代からの著者のファンの方であれば、懐かしさを込めて、一般書から入られた方であれば、その作品の魅力を辿る一ページとして、寒い夜をほんの少し温めてくれるものがたりの中へ。

 

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穏やかな初冬の午後に、奥蓼科・御射鹿池(2017.12.3)

少し風が強めながらも穏やかな天候が続く12月初めの週末。

取り立てて予定が無い午後、FMの受信状態の良くなる(杖突峠が中継局)八ヶ岳の西麓へ向けて車を走らせつつ山下達郎のラジオ特番→サンソン聴きながら、ふらりといつもの場所に立ち寄ります。

午後の優しい日差しを受ける、奥蓼科、御射鹿池。

普通、意気込んで来る場所なのかもしれませんが、殆ど地元のような場所なので…。

冬場になると、お天気が良くても湖畔を歩く観光客の方もほんの数人。華やかさは無いですが、静かで穏やかな、一年で一番良いシーズンかもしれません。

温泉由来ともいわれる、酸性の強い水が生み出す湖面の色は、酸性を好む苔の活動が低下するこの時期にはエメラルドグリーンに染まります。

御射鹿池の名物である、湖面への木々の映り込みは薄くなりますが、すっかり落葉した落葉松の木々とのコントラストも、また素敵なシーンです。

深い緑に染まる湖面に、湖畔の落葉松を添えて。

12月に入ると山の日暮れは早く、3時を前にして既に湖面は暗く沈み始めています。

本格的な冬が到来する前の、暖かな午後の一ページ。

 

暖かな師走はじめの夕暮れ時に(2017.12.2)

暖かな師走はじめの夕暮れ時に(2017.12.2)

急激な冷え込みが緩んで、暖かな師走の入りとなった今週。

師走特有の慌ただしさが感じられるまでにはまだほんのちょっと時間のある月初の週末、夕餉の買い出し途中で撮影したカットを何枚か。

12月の午後の冬空は、真冬に比べるとまだ柔らかな、パステルブルーの空。

緑が残る圃場と雪を戴く八ヶ岳ののコントラストは、ちょっとメルヘンチックな印象を与えます。

夕暮れを迎えて西日に照らされる八ヶ岳の主峰、赤岳と阿弥陀岳。

雪の少なかった昨年と比べればしっかりと雪渓が出来上がっていますが、真冬と比べると、こちらも穏やかな感じを受けます。

すっかり葉を落とした裾野を飾る落葉松林は暗褐色に沈んでいます。

ぐっと南に移動した冬至を前にした夕日が杖突峠に沈む頃、落葉松が残してくれた最後の彩が八ヶ岳の裾野を深い紅色に染めていきます。

西に沈んでいく夕日と交代するように、八ヶ岳の山並みから師走の月が昇り始めます。

師走になっても続く圃場での農作業。桃色に染まる雪渓をバックに、圃場の畔で焚かれた煙が立ち昇っていきます。

桃色に染まる夕暮れの八ヶ岳の雪渓と師走の月。

ゆっくりと沈んでいく夕日が杖突峠の向こうに消えていくと、桃色に染まっていた雪渓の色も落ちて、夜の帳が降り始めます。

晴れ渡って宙の先までクリアーな南の空。夕日の向こうに歩みを進める飛行機は、足早に家路へと空を滑っていきます。

雪渓を戴く北アルプスの山並みに囲まれる諏訪の盆地の上空。夕暮れの彩が長く、長く続いていきます。

すっかり夜の帳に落ちた八ヶ岳。煌々と輝く冬の月に照らされていきます。今年一番の大きさになっている師走の月が満月を迎えるまで、あと数日。

どっぷりと杖突峠の向こうに沈んだ夕日が、最後の名残の色を残していきます。

諏訪の盆地に夜の明かりが灯る頃、高原の圃場はぐっと冷え込んできます。

穏やかな冬の夕暮れに。

今月の読本 写真集「遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 Takuya Tsukahara 信濃毎日新聞社)救い出されたフィルムに刻まれた、清々しく天空に生きる人々の姿

今月の読本 写真集「遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 Takuya Tsukahara 信濃毎日新聞社)救い出されたフィルムに刻まれた、清々しく天空に生きる人々の姿

何時とちょっと毛色の違う本のご紹介。

長野県を代表する郷土出版社としての顔を持つ信濃毎日新聞社さんは、これまでも何度かご紹介していますように、地元に密着した、刊行数があまり望めないようなテーマを扱いつつも、妥協のない編集、装丁を施した書籍を送り出されています。

今回のご紹介する最新刊は、そんな作品群の中でもとびきり白眉な一冊。ポーランドを中心に東欧を題材にした作品、特に黒いイコンの一連の作品で世界的にも著名な写真家、塚原琢哉氏が若かりし頃に撮影したフィルムから奇跡的に救い出されたプリントを纏めた一冊です。

写真集 遥かなる遠山郷 The Utopia: Toyama Village」(塚原琢哉 信濃毎日新聞社)のご紹介です。

写真集ですので、当然ですが内容をお見せする事は出来ませんし、私のつたない言葉で伝えられる範疇は余りにも狭いかと思います。

出来れば手に取ってご覧頂きたいと思いますが、お伝えできる範疇で内容をご紹介いたします。

映画や写真のフィルムを扱われた事がある方なら、話には聞いたことがあるかとは思います、現像後のフィルムが劣化し、溶けてしまったり、霜が降りたように白濁してしまう現象。長年の東欧を中心とした撮影活動を一段落した著者が古い未プリントフィルムの整理を始めた時に発覚した悲劇、その中から辛うじて救い出した400枚ほどのコマには、作品としては未発表ながらも、60年を経た今だからこそ留めておきたい貴重なシーンに溢れている事に気が付きます。

著者の想いに応えて刊行を決断した版元さんにとっても、決して部数が出る本ではない無い事は判っている筈です。しかしながら、本書のページをめくっていくと、単なるアーカイブ、記録写真という範疇を越えて、何だかとても清々しい想いに満たされてくる自分がいる事に気が付きます。

今からちょうど60年前、1958年の遠山郷、下栗。現代に於いても「日本のチロル」と称される、天空に昇らんという地に拓かれた極限の山村。南アルプスの山並みをバックに俯瞰で眺める姿は当時と何も変わらないように見えますが、実際にその地に踏み入れて撮られたプリントには、今とは全く異なる姿が焼き付けられています。

まだ自動車が入れる道は無く、麓の集落までは山道を住民であれば徒歩で1時間、間道の谷に掛けられるのは踏み抜いてしまうような細い間伐材を集めて辛うじて繋いだか弱い木橋。電気が通ったのは著者が訪れる2年前で、依然として主な動力は馬力。水田は僅かに一カ所、重要な収入源であった木材を伐り出す以外、山に張り付くように切り拓かれた段々畑を耕すのも、荷物を運ぶのも、もちろんほぼ全てが人力。

谷から吹き上げる風に抗するように軒先に重ねられた間伐した枝の束と、屋根に載せられた石、小屋のような質素な板張りの家に三世代が寄り添いながら、集落自体も寄り添いながら一体となって暮らす。

何処をどう見ても、厳しい環境に歯を食いしばりながら暮らしているように思えるシチュエーションですが、21歳の著者が40日にも渡って、その地に腰を据えて撮影を続け、辛うじて残った写真には、そんな想像とは正反対の姿が克明に写しだされています。

小さな子から年老いた爺、婆に至るまで、それぞれの役割をきっちり果たしつつも、時に楽しげに、寛ぎつつも、日々の仕事に打ち込んでいく姿。山で見つけた花を背負った木端や自転車に差し込んでお土産として持ち帰る姿には、生活の中に潤いを与えようと願う想いが映し込まれているようです。戦後10年を過ぎて漸く落ち着きを取り戻してきた時代を感じさせる、麓の集落に降りる女性たちの少しお洒落した姿(サンダル履きでよく往復2時間の山道を往けると)や、何でも屋さんに上がって来る商品を楽しそうに品定めする姿からは、どんな僻地の山村も決して孤立することなどなく、規模は小さいながらも、人と物の流れの輪に確実に繋がっていた事をまざまざと見せつけてくれます。

そして、ページの過半を埋める子供達。少し痛んでいますが、金ボタンの学生服にセーラー服の姿を嬉しそうに見せる小学生たち。スリムで足の長い中学生たちは学生服姿で親の仕事を手伝い、子守は女子には限らず、少し年上のお兄ちゃんから姉ちゃん、そして近所の爺まで、手が空いていれば誰でもかまってあげる鷹揚さ。

桃源郷と呼ばれる場所故に、まるで夢でも見ているような気分にさせられますが、まごう事なき60年前にかの地の姿を映した写真。特に、著者が「青い山脈」と述べた印象的な一枚の写真は、本当にモノクロ映画のワンシーンを観ている思いにさせられます。

翻って現在、昨今の「秘境」ブームの頂点に位置する様なこの場所も、実際には三遠南信道の部分的な整備によって、飯田からであれば比較的簡単に訪れる事が出来るようになりました。一方で、多くの子どもたちが行き交っていた集落にあった分校は、自動車が通れる道を整備する代わりに休校となり、現在の子供の数は僅か4人。麓の集落より多くの人口を数えた下栗の居住者も50人を割り込むまでに減少してしまいました。

写真集の最後に綴られる著者による解説文と飯田市美術博物館の学芸員の方による寄稿文。撮影の背景以上に濃厚に書き込まれる民俗的なお話を追いながら、峰々を越えた遥か先に切り拓かれた「神宿る豊かな地」に生きてきた人々を、飾らずに、ありのままにワンシーンとして収めた、この写真集を刊行された意義を想わずにはいられません。

奇跡的に救い出されたプリントたちは、今を生きる私たちに、どのような想いを語りかけてくれるでしょうか。

 

 

雪原の美ヶ原へ(2017.11.19)

雪原の美ヶ原へ(2017.11.19)

山々は本格的な降雪となった金曜日の晩から日曜日の朝にかけての週末。

幸い、里には降雪は無く、ほっとしていましたが、一段と冷え込んだ日曜日の朝。

もう、すっかり冬を想わせる強い風の吹く中、少し季節を先取りに行ってみます。

立沢の圃場の向こうに広がる八ヶ岳。

烈風が吹き抜ける中、北からの雪雲が八ヶ岳の上空にも再び押し寄せてきました。

西の端に位置する画面左手の編笠山から北に向けて、山を覆う雪が徐々に増えていくのが判ります。

すっぽりと雪雲を被る北八ヶ岳、蓼科山と横岳。

麓の落葉松もすっかり葉を落としました。

標高を一気に上げて、1700mオーバーのビーナスラインの伊那丸富士見台。

周囲の山麓には殆ど雪は見当たりませんが、正面に伸びる八ヶ岳連峰全体を雪が覆っているのが判ります。

更に標高を上げて、2000mに達する美ヶ原へ。

山本小屋ふるさと館の駐車場から望む蓼科山。

今登ってきた道路が足元に見えていますが、霧ヶ峰から先は断続的に凍結とスノーの連続。扉峠から先の区間は一部除雪されていますが、昨夜の新雪がうっすらと積もった状態で、運転にはかなり緊張が伴う状態です。

日射しも見えますが、強風が吹きつけるとブリザード状態に。周囲は完全に雪景色になっています。

強風に煽られる樹氷した木。空を流れる雲は、秒速の速さで目の前を飛んでいきます。

山本小屋へのアプローチ路の途中で。雪化粧をした針葉樹の稜線の中を渡っていきます。

山本小屋を過ぎると、美ヶ原の主峰、王ヶ頭のアンテナ群が見えてきます。

ダイヤモンドダストを振り撒きながら吹き付ける烈風に、体を持って行かれそうになります。

美しの塔へ向かう遊歩道。

雲の隙間から眩しい程の日射しが差し込む雪原。吹き続ける風に足跡も完全にかき消されてしまっています。

強風の中、軽登山靴に地上の冬の衣装でこれ以上何もない雪原を進むのはちょっと危険を感じて(ここまで登ってくる間の運転も結構ハードだったので)、此処で引き返します。

風は強いままですが、雲は徐々に切れ始めてきました。

振り返って高原美術館方向を望みます。

風と雪が入り混じりながらも日差しが徐々に戻ってきました。

真っ白に雪化粧をした蓼科山を正面に遠望します。

標高2000mともなると、雪雲に手が届きそうです。

眩しい冬の日射しを受けて輝く美ヶ原の雪原。

雪雲が抜けた北東の空は、抜けるような冬の碧空が望めました。

氷点下4度とそれでも厳寒期と比べれば暖かい、風と雪が織りなす美ヶ原の初冬の景色。

ビーナスラインの美ヶ原方面は一部の区間を除いて、今週水曜日(22日)に冬季閉鎖になります。

再び霧ヶ峰まで戻ってきました。

冬の装いとなった草原の上を雪雲が勢いよく流れていきます。

一足早く冬を迎えた八ヶ岳山麓、寒気が流れ込む明日も降雪の予報が出ています。

果たして里にも雪が訪れるでしょうか。

名残の秋色の小路(2017.11.12)

名残の秋色の小路(2017.11.12)

ひんやりと冷え込んだ、晩秋の日曜日。

長く長く続いた高原の秋も、11月に入ると足早に冬の装いへと移り変わっていきます。

青空の下にすくっと幹を伸ばす落葉松。

帽子を被ったような黄葉する葉が快晴の空を彩ります。

多くの葉が落ちて明るくなった樹冠から日差しが差し込む落葉松林。

晩秋の明るい落葉松林の中を進んでいきます。

作業道の左右に広がる落葉松林はあくまでも人工林ではありますが、落葉松の純林特有のクマザサが密集することは無く、差し込む日差しを受けてススキたちが輝いています。

落葉松と落葉樹たちの彩のコラボレーション。

日射しを透かして輝く落葉松と紅葉する木々。

落葉松林の中で見つけた、小さな秋の輝き。

落葉松林を抜けて振り返ると、ぐっと色付きが濃くなった八ヶ岳を再び望む事が出来ます。

正面に広がる入笠山の山頂部、ゲレンデの最上部では人工降雪が始まったようです。

ゲレンデオープンまであと一ヶ月ほど、八ヶ岳の西麓も冬本番までカウントダウンです。

西に目を向けると、既に真っ白に雪化粧をした北アルプスの山々。

八ヶ岳の緩やかな裾野に広がる広大な圃場の脇にある、小さな高まり。見事に紅葉する木々に囲まれています。

八ヶ岳西麓の縄文遺跡でも屈指の規模を誇る、原村の阿久遺跡。

しかしながら、図上でご覧頂けるかと思いますが、中央道を貫通させるために、その貴重な遺跡は地中深くに埋め立てられてしまいました。中央道をこのシーズンに通過されると気が付かれるかもしれませんが、高速道路の両脇に広がる、こんもりとした紅葉する木々が植えられた場所が、阿久遺跡の埋設跡に植えられた落葉樹たちなのです。

Googlemapで表示した阿久遺跡。中央道を挟んで左右に広がる、周囲と植生の異なる部分が、発掘調査後に埋設された箇所です。画面右端には出土物を収めた収蔵庫があります。かなり離れた八ヶ岳の中腹を横断する鉢巻道路沿いにある、八ヶ岳美術館(併:原村歴史民俗資料館)に僅かですが、出土物が展示されています。

小高い丘の上に登っていく小路。

鬱蒼と茂る落葉樹の林も、このシーズンには明るい彩に包まれます。

環状列石が並んでいた場所に造られた広場を囲む林。此処に生活を営んでいた彼らに思いを馳せるように、生活の糧を与えてくれたであろう落葉樹の木々が植えられています。

明るい樹冠から差し込む日差しも心地よい午後。

落ち葉でふかふかの足元には無数のどんぐりが落ちています。

阿久遺跡から望む八ヶ岳。

此処に住んでいた人々の跡は永久に土の中に眠る事になってしまいましたが、その面影を想いつつ歩く紅葉の小路です。

日暮れを迎えて日射しが西に傾いて来ると、落葉松林は黄金色に輝き始めます。

落葉の進んだ落葉松林、白銀色に輝く幹が目立ち始めると、もうすぐ冬の装いです。

綺麗に西の空に日射しが沈んでいく晩秋の夕暮れ。

今週末には降雪の予報も伝えられる中、最後の秋の彩を追って。

嵐の去った昼下がりに(2017.11.11)

強い風と雨、そして雹降る、目まぐるしく天候が移り変わった週末の朝。

少し早く訪れそうな冬に備えて準備を進める合間のカットを。

雨が止んで、眩しい日射しが差し込んできた昼下がり。

雲が離れつつある甲斐駒には深い雪渓が刻み込まれています。

高原地帯まで登ると、雪化粧をした赤岳が見えてきました。

標高の高い場所は雪が降ったようです。

権現岳方向も雪で白くなっているのが判ります。

周囲の紅葉は落葉松を含めてもう最終盤です。

麓の立沢まで降りてきました。

一週前と比べると、ぐっと落葉松の黄葉も色を濃くしています。

立沢の圃場から望む南八ヶ岳の全景。

西麓側に広がる落葉松林の見事な黄葉と、雪を戴き、冬の装いとなった北麓側のコントラスト。

まだらに雪に彩られた、主峰、赤岳も見えています。

このシーズンだけの彩の組み合わせです。

赤岳の雪化粧はまだ粉砂糖をまぶしたような、まだら模様。

これから一雨、一雪ごとに、山肌を覆う根雪へと変わっていきます。

最終盤の秋の彩に染まる、午後の八ヶ岳南麓。

裾野の落葉松色が、麓の山里を染める秋の色に繋がっていきます。

八ヶ岳の裾野をぐるっと廻りつつ、冬支度の準備を進めて、漸くタイヤ交換まで辿り着いたころ、どっぷりと日が沈んだ西の空は茜色から僅かに紫がかった色に染まります。

一日中強い風が吹いた週末、昼間は15℃を越えて暑いくらいの気温も、陽射しを失うとあっという間に5℃を下回り、冷たい風が冬の訪れを実感させてくれます。