今月の読本「アホウドリを追った日本人」(平岡昭利 岩波新書)玉置半右衛門とアホウドリを絶滅寸前に追い詰めた、南洋を巡る梟雄達への告発の書

今月の読本「アホウドリを追った日本人」(平岡昭利 岩波新書)玉置半右衛門とアホウドリを絶滅寸前に追い詰めた、南洋を巡る梟雄達への告発の書

戦前、第一次大戦による信託統治領として獲得した南洋諸島を始め、多くの日本人が太平洋の島々に進出していました。

現代を暮している我々からすると、南の島といったらバカンスか、それともカツオやマグロの遠洋漁業といった非日常の世界といったところでしょうか。本書は、そんな普段イメージすることすら希薄となっている日本の南、広大な太平洋に散らばる島々へ、戦前の日本人が押し寄せた理由の一つを教えてくれる本です。

アホウドリを追った日本人アホウドリを追った日本人」(平岡昭利 岩波新書)です。

本書を貫くストーリーの主役であり、続々と出ているフォロワーの始祖である、玉置半右衛門。あまり馴染みのない名前かもしれませんが、離島や南洋の島々に興味がある方なら決して外せない人物。

幕末の八丈島に生まれ、鳥島と大東島を開拓し、アホウドリと製糖で巨万の富を築きあげた、一代の梟雄。

本書は、その玉置半右衛門と、彼に連なる人々が南洋の島々に刻み込んだ物語を語っていきます。その目的は、南洋の島々にそれこそ溢れるばかりに生息していたアホウドリを絶滅の淵に追いやった事に対する告発。

彼と、水谷新六のような冒険的商人と、彼らに支援を与えた榎本武明の移民政策、彼らとの繋がりを得た、三井物産や、服部時計店(あのセイコーです)といった政商、更には日本初の農学博士でもある恒藤規隆といった面々が、アホウドリや海鳥たちの羽毛、はく製、そして彼らの残した糞が生み出すリン鉱石を巡って、人も住めないような劣悪な小島一つ一つさえ争うように争奪戦を繰り広げていきます。

物語は玉置の出生地である八丈島から始まって、鳥島、小笠原、南鳥島といった東京の南に連なる島々から、南北大東島、尖閣諸島、そして現在でも恒藤規隆が興したラサ工業が全島一括で私有するラサ島(沖大東島、現在は無人島)といった沖縄周辺の島々に広がっていきます。更に、現在の日本の領土の外に位置する南沙諸島や、マリアナ諸島、ミッドウェイ島や挙句の果てには、当時ですらアメリカの施政権が及び始めていた北ハワイ諸島にまで足を延ばして、海鳥の捕獲(密猟)が進められた物語が語られます。

この辺りの話まで来ると、当時の軍部の南方政策との関わり合いも描かれるようになり、第一次大戦中の秋山真之の南進論とカモフラージュの感すらある民業によるこれらの開拓、ドイツが持ち込んだリン鉱施設の接収から、第一次大戦後の南洋庁成立による国策による南方政策への転換への道筋も述べられていきます。

島々へのアプローチも、最初は冒険談的な物語が語られますが、次第に計画性を持った収奪や計画的?な漂流と座礁による無人島での海鳥の捕獲と積み出し、軍艦を用いた測量と占有の宣言、更には当時南洋に残っていた、存在疑念島(E.Dと地図には記載されます)の発見報告やこれらに対する開拓申請といった、詐欺師そのものの活動すら見られます(類書にある島の真偽を検討している論説に対して、作り話の根拠を検討していると、呆れるような発言をなさっている点は、本書が正に南洋を獲物とした山師たちへの告発の書であることを物語っているようです)。

そして、そのほぼ全ての島々で、海鳥たちの凄惨な撲殺、収奪が行われてきたことを、著者は静かな怒りを込めて述べていきます。その行為による統計上の数値は本書をご覧頂きたいと思いますが、本書を読むと、如何に膨大な海鳥たちを、易々と死滅させていったのかという点に戦慄すら覚えます。但し、巨利を得た山師たちの成果の多くが、外貨獲得という国策としての殖産興業の一環であった事は忘れてはならないと思います。

既に日本人の興味を引く事すら少なくなった、巻頭カラーを飾る美しいアホウドリの姿は極限までの捕殺により、もはや僅かとなり、表土を失って穴だらけの何も使えない土地となってしまったリン鉱石の採掘跡が残る南洋の島々。最後に著者は自らが名づけた「バード・ラッシュ」として、その地に多くの日本人が行き交っていた風景、その根源を、ただ貧しさからの脱出であると、感慨を込めて述べるに過ぎません。

膨大な収奪の上に、巨万の富と名声をを得た梟雄達に対する静かなる憤懣と、欺瞞への憤りを語る一方で、実際としての南洋の島々に渡っていった人々の物語が語られない事への些かばかりの残念さも感じながら、このタイミングで本書を上梓された事への想いを巡らせているところです。

アホウドリを追った日本人と類書たち本書をお読みになって、少々記述が不足している、もしくは若干見受けられる、著者固有の見解で描かれる部分を補完してくれる書籍たちを参考にご紹介。

殖産興業として、同じように南洋における海洋資源の獲得を目指して実際に乗り出していった、沖縄出身の方々の最後となるであろう生の記録を集め、その延長としての今に繋がる南洋との繋がりの物語を重ねた「かつお節と日本人」(宮内泰介、藤林泰 岩波新書)。外貨獲得の花形としての、シルク、羽毛と並ぶもう一つの高級服飾品として。日本に於ける真珠漁と養殖成功への物語、そして南洋も巻き込みながら世界を巡る高級宝飾品市場のダイナミックさを後半で詳述する「真珠の世界史」(山田篤美 中公新書)。本書のバックボーンとして理解しておきたい、南洋の島々を巡る人々の動きや存在疑念島の発生と消滅、島の領有に至る経緯を総括的に記した「地図から消えた島々」(長谷川亮一 吉川弘文館・歴史文化ライブラリー)多くの登場人物がオーバーラップしますが、こちらは領土としての島を巡る物語が主体です。

<おまけ>

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