今月の読本「人物叢書・八木秀次」(沢井実 吉川弘文館)科学技術行政の先駆者が本当に成し得たかった教育とは

何時も歴史関係の書籍で大変お世話になっている吉川弘文館さん(twitterでもフォローして頂き、誠にありがとうございます)。吉川弘文館と言えば歴史書の専門出版社、かの全国公設図書館常備、日本史百科の最高峰にして読む凶器「国史大辞典」の刊行元でも知られていますが、もう一つの側面として日本歴史学会から委託を受けて刊行を続けている「人物叢書」の出版元としても著名です。

こちらの人物叢書、全巻揃う前に続々と古い刊行物が廃版となり、度々旧版の復刊なども並行して行われたりもするので、永久に全巻揃わないのではないかと関係者ならずともやきもきさせられるシリーズだったりします(執筆者に割り当てられていながら、惜しくも鬼籍に入られてしまった方も一人や二人ではありません)。

そんな息の長いシリーズである人物叢書ですが、意外な事に近現代の人物にもスポットを当てています。とはいっても絶対的に割り当てられている人物が少ないので、一般の書店の棚に置かれているのはあくまでも「歴史上の人物」が殆どだったりするのですが、今回ご紹介する一冊の主人公は昭和も50年代まで存命だった人物です。

文系、歴史ファンの皆様は誰それ?でしょうが、電子、電波関係を習得された方なら絶対知っている偉大な研究者にして発明者。今も多くの家庭の屋根を飾る「八木・宇田アンテナ」で知られる八木秀次博士の人物伝です「人物叢書 新装版 八木秀次、日本歴史学会 編集・沢井実 著・吉川弘文館

人物叢書・八木秀次まずはじめに、本書を楽しむためには近代日本の科学研究史、科学者及び彼らに支援や影響を与えた産業界、政界の関係者を一通りマスターしておく必要があります。

これらの知識がないと、残念ながら本書を楽しむ事も理解する事も難しいと言わざるを得ません。特に現在の中高等教育機関で行われる歴史教育において、彼らが活躍した明治維新以降の歴史に触れる時間は極めて限られており、それらの知識を得るためには高等教育を経た後に専門の教育を受けるか、読書等を通じて独力で知識を得る必要が生じます。

一般的な人物叢書に登場する人物であれば、歴史の授業や豊富な周辺書籍、TVの教養番組等で紹介される際に周辺の人物像も含めて取り上げられますが、本書に出て来る研究者たちは同じ分野に携わった事のある方や、大学のOBの方ならまだしも、異なる分野の研究者だったりすると、その分野では著名な人物でもほとんど知られていないなどという事もあるかもしれません。

本書はこのような事情を鑑みてでしょうか、殆どの登場人物について顔写真と簡単な履歴を掲載していますので、最低限の知識があれば理解することは可能なように配慮されています。もし業績に興味がある方は個別に調べてみると良いかと思います(私も顔写真が出ている方は全て判りましたが、文中の人物となると…)。

本書では八木本人の研究者としての業績については多くを語っていません。何故なら、かの有名な「八木・宇田アンテナ」にしても八木本人が直接発明した訳ではなく、彼の研究チームの一員であった宇田新太郎氏の発見に対して示唆と実験の方向性を示したに過ぎません。それにも拘らず彼が著名な発明家として列せられるのは、宇田新太郎氏の研究自体が、八木が率いた研究プロジェクトの一環であったからです。

八木は東北帝国大学において齋藤報恩会の強力な資金援助を得て幅広い電子、電波分野の研究プロジェクトを立ち上げます。その規模は現在の極めて細分化された研究テーマからすると非常に広い範囲の電波利用に関する研究を行っており、その中でかの「八木・宇田アンテナ」の発明が生まれてくることになります。

八木は現在にも通じるこの「プロジェクト型研究」方式を次の奉職先である大阪帝国大学でより幅広く実践することになります。

彼自身は工学博士であり、専門分野は電気工学(弱電、電波)でしたが、新設の理学部物理学科の主任教授として就任しています。これには初代総長の長岡半太郎の意向が色濃く見えるようですが、彼の研究者としての側面よりも「プロジェクトマネージメント」能力を買っての就任であったのは間違いはないようです。

その研究範囲は東北帝国大学時代を遥かに超越し、理論物理学から電波、電子線、音波、核物理学、光工学、流体・飛翔系…と現在の理学部と工学部を全て網羅するような幅広い研究を行う部門のトップに就任したことになります。

このような立場に立つ人物であれば、多額の費用と多数のスタッフを擁する必要があるため、当然のように政治的な動きが必要となってきますし、本人もその自覚の上で、政治的な発言を繰り返し述べていたようです。このような政治的な動きを技術者や教育者、研究家が行う事自体、日本ではあまり好まれない風潮がある点については後年、はっきりとその弊害を述べているのは、研究者、教育者としての強烈な自負と共に、これらの発言をすることに対する風当たりの強さの裏返しともいえます(東北帝国大学で師弟関係となる松前重義の後年の活動を見ていると、八木のやりたかった事を戦後、松前が自ら興した大学を拠点として実現しようとしたのではないかと思えてきます)。

そして、政治力を有し、研究者を束ねる立場であった八木の元には当然のように、当時の最大勢力である軍部の影響が色濃く見えてきます。八木自身が軍部への協力に対してどのような想いを持っていたのかは本書をお読みいただければと思いますが、終戦までの動きを見ていると奇妙な感覚を受けます。

  • 八木自身は工学者でありながら、最後の最後まで基礎研究の重要性、特に理論の重要性と研究者としての基礎的教養を非常に重んじていた事
  • 八木自身は世界に冠たる発明を支えた人物であったが、一方で徹底的に日本の独自技術に対しての立ち遅れを懸念しており、外国からの模倣を脱しえないと常に考えていた事
  • 軍装備品の開発や、調達について、第二次大戦中に於いても、各社、各組織が独自性を訴えた結果、工業標準化で非常な後れを取り、深刻な影響を与えていた事を明確に示していた事
  • 研究開発や工業化において戦時中に於いても商工省と文部省で激しい綱引きが演じられており、結果として研究開発と工業化の統一的連携が取れなかったこと
  • 上記の圧力によって、既に現業部門を持たない組織となっており、実効性を有しないにも関わらず技術院総裁に就任している事(これは今日のプロマネでも憂慮すべき事態を生じさせるパターン)
  • 技術院総裁就任時には投入を声高に述べているにも拘らず、決戦兵器のような無謀な開発を明確に否定している事(ある意味、スケープゴートを狙ったとも思えるが)
  • 研究者が軍属として服する場合に、軍組織の体系に組み込まれることによって、研究者の能力ではなく組織の階級上下が優先されることに対する懸念を示している事(現在の企業における研究所所属と現業所属の関係も同じ)

これらの指摘が、本書の著者による恣意的な抽出ではないとすると(ある程度念頭に置いて選んでいるかと思われますが)、これら八木が戦中に指摘し、理解し、発言してきた多数の意見が現在の研究開発分野、工業、産業分野でもそのまま当てはまる点には唖然とするしかありません(最たる例は航空宇宙開発分野における文科省と科技庁の確執)。

盲従止む無しとも言われた戦前の時点で、八木がこのような所感を持ちえた事自体、並はずれた広い視点を持っていたことが窺い知れるわけですが、そのような八木が研究者として以上に本職と任じていた教育者として最後まで望んでいた事は、あくまでも基礎学力の向上と専門性を養う前の普遍性のある教養の獲得であったと著者は述べています。

このような発想自体、工学者としては異例なのかもしれませんが、彼の根底にある二つの考え方、即ち日本の基礎研究力は依然として欧米の模倣を脱し得ていないこと、日本の政界、産業界の指導者層は基本的には文官であり、専門性を持って奉職する立場はそれと対比すると著しく低い事(もしくは専門性しか有しないために、幅広い教養を獲得している文官と対等たり得ないと考えている)を鑑みれば、至極まっとうな結論なのかもしれません。

今日、日本の基礎研究者層は従来より大幅に厚みを増しており、世界的にも評価される研究成果を次々と発表するようになっています。一方で、工業の方は一時期、「模倣」の領域を脱し、世界を主導する立場に立ったように見えましたが、各社の独自性が祟って各個撃破された挙句に、半導体のように最先端領域となると、基礎研究と生産技術との連携の低さが露呈、技術力でも後塵を拝するような状況となっています。

このような状況をもし八木が見たら、現代の産業界にどんな言葉をかけるのでしょうか。

また、彼は比較的若い時にドイツ、フランス、イギリス、そしてアメリカに留学しています(第一次大戦の影響で転々としたともいえます)。彼の日本に対する欧米の模倣、独自技術への固執に対する反感の元となった思想はこれら留学経験に基づいているはずなのですが、残念ながら本書では言及されていません。

そして、彼は日本で初めて「科学技術」という用語を用いた人物であると目されています。本書を読んでいると、そのような人物である八木から後輩である我々現在の「技術者」に対して「もっと科学を大事にしろ」と問いかけているかのように思えてならないのです。

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